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07月22日
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王萬助会長の質素な幸福、豊かな人生

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盛暑のある夜、台北新荘地区の慈済ボランティアたちは王萬助さんの家を訪問した。王さんは部屋をきれいに掃除し、リサイクルセンターで買った「惜福扇風機」を取り出して、大小さまざまな椅子と一緒に応接室に並べて待っていた。

十数人の慈済ボランティアたちが、続々と王さんの家に着いた。しばらくすると、家の中が少し暑くなったので、ある人が壁にぶらさがっているクーラーのコンセントを挿しこもうとした。

「すみません! あのクーラーは故障しています」と王さんは恥ずかしそうに話し、さらに「法師さまが省エネとCO2削減を呼びかけておられますので」と言いながら、冷蔵庫から二つの大きな氷の塊を取り出し、容器に入れて扇風機の前に置いた。すると部屋の中は徐々に涼しくなった。

「王さん、トイレの便器はどう使いますか」と聞いたら、

「ハハ! すみません。便器の上についてある装置を引っぱればOKです。電気屋では二段式の節水装置を売っていますが、私のは特製で『無段式』で水の節約ができます」。

「無段式?」

「そうです。軽く引っぱると水量は少なく、力強く引くと水が多く出ます。さらに時間を長くして引けば水量はもっと多く出ます。自分の必要とする水量によって引っぱればよいのです」。さらに続けて、「トイレの中に備えてあるいくつかの桶は野菜を洗った水を貯めたもので、洗濯に使います。洗濯したあとの水は便器に入れて使います。汚れがあまりひどくなければ、床板をふくのにも使えます」と説明する。

ふだん無口な王さんは、「法師さまは物には命があると諭されました。だからその命をできるだけ永らえさせなければなりません。私の家で使っている靴箱や電話、椅子などは全てリサイクルセンターから仕入れた中古の品です」と話す。

ボランティアたちは王さんの説明を聞くと、熱烈な拍手をして褒めたたえた。このような倹約ぶりは、経済的に困っているからではなく、過去に贅沢な生活をした王さんは慈済に出会って、真に福を惜しむことを会得したのである。

贅沢三昧の過去の暮らし
一九五〇年代、台北県泰山の農家に生まれ育った王萬助さんは田舎の貧しい子供だった。中学を卒業した後に丁稚奉公に出、後に友人と合弁で電線やケーブルを作る工場を経営した。事業が順調に成功し、援助してくれた人々への感謝の気持ちは忘れなかったが、名誉と利益に強くこだわり、豪奢な生活を好んだ。

高級外車を乗り回し、高級ブランドで身をかため、家族でホテルで食事するなど、贅沢な生活をしていた。八年もすれば新車に乗り換え、世界一周の旅に出た話を聞けば、自分もしようと考えていた。「全ては人に遅れをとりたくないからでした」。

十数年前、妻の蔡蕙妃さんが三人の子供を連れてカナダへ移民した。出国の直前、一家は「慈済列車」(特別に台湾鉄路局に申請し運行する慈済専用列車。終点は慈済精舎がある花蓮)の活動に参加した。カナダで現地ボランティアに連絡したところ、見知らぬ土地で親身に世話をしてもらった。そうして、妻と子供たちは現地の慈済ボランティアに参加するようになった。

単身で台湾に残っていた王さんも、工場の責任者として毎日仕事に励み、余暇を使って台北県蘆洲にある慈済リサイクルセンターでボランティアに参加した。自分の工場の小型トラックを回収車として出し、自ら運転手を兼ねて廃棄物を回収して回った。

環境保全ボランティアになってから、王さんはだんだんと環境保全の重要性を認識するようになった。その上、慈済が数々の感動的な物語を生み出してきたのを目の当たりにした。一家は遠く離れているが、ともに語り尽きない共通の話題がある。

「ある年のとても寒い大晦日でした。回収した廃棄物がいつもより多く、夕方になっても運び終わりませんでした。トラックの上から、年越しの準備に忙しい家々の様子が見えましたが、私は少しも寂しいとは思いませんでした。私の家族も今頃は遠いカナダで、老人ホームや孤児院を訪問しているだろうと想像すると、喜びでいっぱいでした」と王さんは嬉しそうに語る。

中古の自転車に乗って
一人で暮らしていても、家族と共通の喜びを感じて過ごしているので寂しく感じることはなく、かえって充実した生活を送っている。王さんは環境保全の仕事をしているうちに、農家出身の「節約、素朴、惜福」の本性に返った。

百万元(一元は約三円)の高級外車を捨て、中古の自転車に替えた。ボランティア朝会やリサイクルセンターでの作業、工場への出勤、慈済の献金集めなど、おそそ二十分の車程内は全て自転車に乗る。

「王会長、自転車が好きなら、新しいのを一台買っては? 三万元でとても高級な自転車が買えますよ」と友人に勧められても、王さんは笑いながら「この自転車はとても乗りやすいよ。なくす心配もないし、万一誰か必要とする人に乗っていかれてもかまわない。慈済のリサイクルセンターには自転車修理の技術が一流のボランティアがいるから、君も自転車が入用だったら訪ねてみてごらん」と答える。

物を愛惜する王さんは、身につけている慈済の制服以外は長年新しい服を買っていない。一足しか持っていない黒い皮靴の底も擦り切れたので、厚い靴底に替えてさらに数年履くつもりだと言う。

カナダから子供たちが帰省した時、子供たちの説得にあって、新しい靴を一足買うことをやっと承知した。ただし、「天気のよい日や大切な行事のときに新しい靴を履く。雨の日や近い場所での活動には古い靴を履く」という条件つきである。そして大概は「雨の日や近くでの活動」のことが多かった。

家の一階と二階にしつらえたフローリングは彼と息子たちの傑作である。父子三人が材料から色の選択、値段を相談し、自分たちの手で床板を敷いた。お金を節約できた上に、親子で力を合わせて仕上げた作業は楽しかった。

自分で野菜を育て、健康な菜食
王さんは、自分の植えた野菜の葉っぱや、飲食店から回収した果物の皮をさげて田んぼの畦を歩いていた。小さい頃裸足で冷たい霜をふんで父の後について歩き、足の裏が赤くなって痛くなったことをふっと思い出した。

葉っぱや果実の皮を大きな容器に入れ、果皮を一段敷き、その下におからをしいて、最後に菌類の粉をまく。王さんは友人を誘ってこれらの作業を行う。「二カ月後には最良の有機肥料となります。植えた野菜に肥料を与える時期にちょうど間に合います。節約になるだけでなく、環境保全や健康にも役立ちます」。

「菜食を始めて数年過ちました。食べる野菜は全て自分で育てたものです。農薬の心配もコレステロール、血圧、血糖値の心配もいりません。さあ、もっとたくさん摘んで下さい」と王さんは人と喜びを分かち合う。眼鏡の奥に光り輝く二つの目は、農家の子供らしい熱意を帯びている。



瞬く間に十数年が過ぎた。子供たちも大きくなった。末っ子は年末台湾に帰って慈誠隊員(慈済の男性ボランティアで組織するグループ)の認証式に参加する。来年、再来年は長男と娘の番だろう。一家全員がみな慈済の藍天白雲(青いシャツに白いズボン)の制服を着けると思うと思わず笑みがもれる。法師さまから慈済委員となる証書を受けた時の母の嬉しそうな目つきを思い出した。母がなぜ「萬助」と名づけたのかを、そのとき初めて知った。母は彼が一生のうちにたくさんの善人に出会って助け合えることを願ったのだ。彼は今正に、能力を発揮してたくさんの人を助けている。

新車にも乗り換えず、ブランドも身に着けない。山海珍味も食べず、世界一周もしていない。しかし王萬助さんは、因縁がもたらしたささやかな心霊の喜びをかみしめている。

文、撮影・林美宜/訳・重安