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07月22日
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タイ・国立道徳推進センター

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文化の根を探し
作法を学ぼう
タイは、南伝仏教の影響を受け、一般家庭の男児が短期間出家して修行をする風習がある。因果応報を信じ、僧侶は人々に尊敬され、大切にされる。そして自分達の能力のある限り布施をする。

タイ国民はまた、仏教の教義に従い、伝統的な倫理観を重んじる。学校では礼儀の課程を教え、国を挙げて「礼儀コンテスト」が行われる。コンテストでは、父、母にひざまづいて挨拶をし、また目上の人に丁寧に挨拶、同輩や後輩にも礼儀正しくすることが競技種目になっている。そして歴史上で起った何回もの政変でも、「無血革命」がほめたたえられている。

礼儀正しく積極的に善事を行う習慣があるタイは、本来は平和で住みよい国である。しかし近年では家の制度も変わってきて、風紀が乱れ、麻薬も溢れ、社会問題となっている。近年来、政治抗争で流血事件も相継ぎ、世界の人々に「微笑みと礼儀の国だったタイが、一体どうなってしまったのか」と言われるようになった。

世界中に礼儀作法を探し求め
台湾にその手本を見た
二〇〇四年、タイ政府は社会秩序の乱れが段々とひどくなっている事態を案じて、社会のエリートたちを集めて「タイ国立道徳推進センター」(略称:道徳センター)を設立し、道徳向上に努めることにした。
あちこちからセンターに集まった優秀な人々の考えは同じくただ一つ。「タイ固有のよい文化が全くなくなってしまったわけではない。タイには善事を行う人、喜んで人を助ける人がまだまだたくさんいる」というものだった。道徳センターの主任、ナラティさんはこう分析している。

人間は皆誰でも、限りある力を以て善事を行っている。一旦個人が持てる資源を出し尽してしまったら、善行の足取りも止まってしまうのは仕方がない。善行はいつまでも続けなければ、その効果が段々弱くなり、その冷たさに引かれて皆心が冷たくなってしまう。もし善行を行う力が計画的で、かつ援助する力もあり制度がよく整っているなら、多くの人を引き入れ愛の行列に参加させることができる。社会に愛があるなら、道徳は自然と人の心の中に養われてゆくだろうと。

道徳というものは目に見えないものである。どのようにしてそれを具体化し、行動に変えることができるのか? どのような計画を立てるのか、その手本はどこにあるのだろうか?
「私達は国内のあちこちを訪ね回っても手本となるべきモデル見つからないので、仕方なく国外に望みをかけたのです」。世界中のあちこち、ヨーロッパ、アメリカ、ニュージーランド、インド、韓国など五大陸の十幾つもの国を訪ねたが、文化の違いや宗教の違いにより、どうしても理想とする理念は見つからなかった。

この時、ナラティさんは突然ひらめくものがあった。二年前、友人に誘われてバンコクで台湾の団体が行った活動に参加した時のことを思い出した。この人達は台湾から来たある仏教団体の人達で、自分の国で善事を行うだけでなく、世界中の援助を必要とする国や地域に出かけ、貧困や災難で喘ぐ人達に温かい手を差し伸べている。

ナラティさんはこの団体のボランティア王忠炎さんの電話番号を探し当てた。電話が通じた時、ナラティさんは単刀直入に「あの団体はあなた方の言うように本当にそんなによいのですか?」と尋ねた。電話の向こうから王さんの真心のこもった声が返ってきた。「本当ですよ。私たちが言うよりもっと素晴しいですよ。あなたも機会があれば是非台湾へ行ってみて下さい」。

自信を持ったナラティさんはすぐに会議を開いた。しかし、思いがけないことに皆から次から次へと台湾に対する懐疑的な質問が出された。台湾の議会の乱闘騒ぎや、台湾で働くタイ人労働者に対する差別待遇などが憂慮する理由だった。皆から一斉反対の勢に押されて、ナラティさんはセンターの研究員で中国語ができる静相法師に台湾へ考察に行くようお願いした。

静相法師は台湾へ行って複数の慈善団体を訪問して回り、タイへ戻ってきて記録を整理した。その時、ある団体についての記録が最も多いことに気づいた。その報告を書きながら涙があふれ出て止まらなかった。法師はナラティさんにこう話した。「この団体に関して私が台湾で見てきたのは、あなたが最初に聞いたことよりももっと素晴しいことでした」。この団体こそ、王忠炎さんがナラティさんに是非自分で見にいくようにと話した台湾の団体だった。

ナラティさんはこれらの報告を以て、センターのメンバーを説得することに成功した。二〇〇五年八月、道徳センターの第一回研修団はついに台湾に向かって出発した。

無私の奉仕が
仏の国の民を感動させる
第一団のメンバーは仏教、プロテスタント、カトリック、イスラム教、シーク教の五大宗教のリーダーである。「当時台湾へ行きたかったのは私達だけでなく、台風まで一緒についていきましたよ」と、ナラティさんが言う。ちょうど台風十三号に当ってしまい、飛行機が台湾の桃園空港の上にさしかかった時は機体が激しく上下に揺れ、このまま助からないのではと思うほどだった。飛行機の中で、各宗教の領袖が皆心を一つに合せて祈った。

「あの時私は思いました。もしもこのままこの世を去ることになったら、少なくとも大宗教家の領袖が私達を導き極楽へ連れていって下さるだろうと」と、ナラティさんはあの時のことを思い出して言う。そしてさらに、「もしも私達が無事に着いたなら、それは天から大切な使命を与えられたということだと思いました。それは美しい良き道徳をタイへ持って帰り国と国民に恩恵を与えることです」と続けた。

飛行機は香港に着陸した。翌日には風が大分おさまったので台湾へ行くことができた。飛行機を降りてから彼らが向かった所は、大都市台北でも有名な港湾都市高雄でもなかった。そこは辺鄙な地という意味の「裏山」と人々が呼ぶ花蓮だった。彼らが訪れたのは花蓮に本部を置く仏教慈済基金会だった。

慈済は一人の尼僧に導かれた仏教団体で、慈善、救貧から始まり四十年来発展して来た団体である。それは医療、教育、メディアの分野でも活動し、「あらゆる所へ馳せ参じ愛を以って善を行う」というボランティア精神のもと、世界七十の国や地域に善の足跡を残してきた。

「九十五%のタイ人は仏教を信じています。同じように仏教を信奉する慈済は私達に深い親しみを感じさせます」。慈済が慈善ボランティアをおしすすめるやり方や考えは、さらにナラティさんに大きな衝撃を与えた。

慈済ではボランティアは自費で購入した制服を着て、食事や宿泊、交通の費用を自分で払い、自ら募金をしたり、物資を集めて災害のあった所へ馳せ参じ、また、貧しい人を救済している。「人のことをするために、自分のことはすべて自分でまかなっている。本当に貴い考え方です」

「タイの仏教の考えでは、今日私があなたに一杯の水をあげたなら、来世では今度はあなたが私に一瓶の水をくれると言います。善いことをするのは自分の功徳を積むためという考え方です。しかし、慈済の人達の考えは全く違います。何の見返りも求めず、施す側の者が逆に相手が自分達に施しの機会を与えてくれたことに感謝します」

一九五〇年以前のタイは環境もよく、人々は皆豊かで安楽な生活をしていた。自分のため修行するのは当たり前のことと皆思っていた。「しかし今は社会は乱れ、人々の心は以前のように清らかでなくなりました。自分さえよければよいという考えは、改めなければなりません」

「慈済の仏教を信じる心は同じでも、行う方法が現代の社会に合わせて調整されています」とナラティさんは微笑みながら言う。「慈済のしていることは、私達タイの国民にもできることです。私達は今よく分かりました。一年あまりの時間をかけて探し回った結果、私達の必要な精神と方法を尋ね当てることができたのです」

五年間に五千人 
奉仕精神を結集する
一団また一団と、タイから参観訪問団が台湾を訪れた。教育、医療、経済各界の人士、地方政府の役人など五年来道徳センターが引率した訪問団は十三回に及ぶ。メンバーは台湾から戻ってくると、同業者や友人達を誘ってグループを組んで再訪する。今日までに二百団近く、五千人以上がタイから慈済の活動を学ぶために台湾へやって来ている。

ナラティさんは「慈済は善行をすることで社会に大きな影響を与えただけでなく、医療システムや教育理念、さらに環境保全の理念など私達の学ばなければならないことすべてを教えてくれたのです」
「訪問団が台湾へ行った時は、朝から晩まで慈済を聞き慈済を見て一日を過ごします。夜は慈済のことを討論します。そして国へ帰った後も引き続き慈済の仕事をしています」。タイに数十年も住んでいる慈済ボランティアの王忠炎さんは笑いながら、今タイでは「慈済ブーム」が起きていると言う。医療の方面では、タイで一番大きなマヒドン病院が臨終に対する関心を深め、ホスピス病棟や高齢者用の病棟を増設している。ワットプレン病院ではボランティアチームを作り、病院の患者達に温かい看護とケアを行っている。また、深く団地に入り込み、病人や貧しい人々のために関心を寄せている。多くの病院は慈済病院のロビーを真似て、ピアノを置いて音楽を奏で、患者の診察を待つ間の苛立ちをなだめている。

ロイヤルバンピョウ病院では無料診療も行っている。医療団体を引き連れて、これまでに延べ一万二千人の貧しい白内障患者の手術をした。白内障の手術は今も続けられている。さらに多くの患者達が視力が改善されたため仕事もできるようになり、暮らしも改善された。

教育面では、農村のノーンタボーン小学校で九割の児童の家庭が何らかの問題を抱えているので、慈済の慈誠パパと懿徳ママの制度を見習って、家庭の温かさを補う努力をしている。ある校長は、静思語教育を持ち帰り、子供達によい話を教え、体験を通して心が啓発されるように努めている。

サムットプラーカーン県のある学校では、愛の教育を身を以て教えるようにと教師を励ましている。そしてこの結果、問題校といわれていたこの学校は、メディアが先を争って報導する模範校になった。
経済界の中からも少からぬ企業家や会社のオーナーがボランティア精神を発揮している。勤務時間を利用して社員たちを連れて貧しい人達に物資を配布している。ある大企業の主人がある大型貿易会議上で、「大勢の社員を連れて慈善活動に出かければ、業務の妨げになり会社が損害をこうむるのでは、という声が聞こえますが、それは逆だと思います。社会のためを思う心を持つことは、社員によい影響を及ぼす。善事をするだけでなく、真面目に仕事するようになる」と語った。

よいことを学ぶ。それは宗教によって区別されるものではない。ある神父は、「慈済を創立された證厳上人は、昔三人の修道女の激励の下、慈善事業を始められました。今ではイエスの民も仏陀の子弟もお互いに学び合うのも当たり前のことです。イエスも仏陀もみな民のために生まれました。だからお互いに学び合い人のため社会のためになることをするべきです」と言う。神父は教会で環境保全活動を行い、地域社会に入っていって、資源分類を呼びかけている。

タイ道徳センターは、二〇〇八年慈済と「相互協力了解覚書」を結び、未来に亙って双方が続けて善を行う経験を分かち合い、医療団と学術方面で合作して人文道徳の観念を広め、社会のため力を尽くすことを誓った。

五年このかた、様々な団体が次から次へとタイから台湾を訪問し、現代の仏教精神を学び続けている。いつか微笑みの国がよみがえることを強く信じている。


(慈済月刊五三〇期より)

訳/張美芳
撮影/林炎煌