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05月20日
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リアとレイチェルはパパのお姫さま

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【国際医療協力・フィリピン】
一家の主アンディさんは
毎日すがすがしい気分で朝を迎える
水筒を提げ
二人の娘のうしろをついて行く
九年前、姉妹は胸部と腹部が
くっついたシャム双生児として生まれた
その後、慈済ボランティアの協力を得て
台湾の花蓮にある慈済病院で
分離手術に成功し
一家の運命が一変した

早朝、リアとレイチェルはママと妹の頬にキスして急いでパパと一緒に登校する。八年前分離手術に成功した双子は今はもう九歳だ。小学校の二年生で、父のアンディさんは慈済のリサイクルセンターで働いている。母のマリータさんは専業主婦で、三歳のヘレンを育児している。

今の暮らしについてアンディさんは、「もし慈済の援助がなければ娘たちの体はつながったままでした。私たちもマニラに来て、こんなすばらしい生活を送ることなどできなかったでしょう」と語る。話しながら感慨がこみ上げてきて、あふれる涙を抑えることができない。

辺鄙な土地に住む貧しい人の末路

二〇〇三年一月、生まれて六カ月になるシャム双生児のリアとレイチェルが、高熱を出し、母のマリータさんが車で十数時間かけてカリンガ州からマニラの児童病院へ駆けつけた。この日、偶然に慈済ボランティアの李偉嵩も水頭症患者の子供を連れてこの病院に来ていた。そして、二人は出会った。

李偉嵩は体のつながった赤ん坊の姉妹を見て、何か手助けすることはないかと申し出た。マリータさんは二万ペソの募金があるので、その金で姉妹の心臓検査ができると言って、李偉嵩の申し出を断った。しかしその日の午後、李偉嵩のもとにマリータさんから電話がかかってきた。募金では一人分の検査しかまかなえず、そのほかの臓器の結合具合の検査や分離手術の費用など、将来かかる医療費は天文学的数字に上るので、医者にあきらめるよう言われたという。

姉妹を台湾の慈済病院へ連れていって分離手術をすることにしたが、台湾で手術を受けるための行政手続は大変複雑なものだった。無事手続きを終えて二〇〇三年四月、姉妹は母親と共に台湾の花蓮慈済病院に来た。すべての検査を終え六月末、姉妹の一歳の誕生日の前夜、肝臓と心膜が繋がった姉妹の分離手術を行った。それからリハビリを経て、八月二十一日、やっとフィリピンに帰国することができた。

治療に便利なように、マニラに住むことになり、慈済ボランティアの銭小進が経営する工場の宿舎に住まわせてもらうことになった。ボランティアは手分けしてペンキを塗ったり、家具をしつらえたりして、新しい気持ちのよい住いが整った。ボランティアはまた、アンディさんに清掃夫の仕事を見つけてあげた。

フィリピンの慈済人医会総幹事の呂秀泉は、チャイニーズジェネラルホスピタルの副院長でもある。彼は姉妹のリハビリと治療を引き受け、手術後の世話をした。「花蓮の慈済病院は姉妹の分離手術を成功させた。今度は私たちチャイニーズジェネラルホスピタルが『愛のリレー』のバトンを受け、役目を果たす番」と語る。呂副院長は最も優秀な小児科チームを組織し、姉妹の手術後の傷口の処理から、発育成長の観察や多項目にわたるリハビリに全力を尽くした。

医療と慈善が協力し合う

マニラにしばらく住んだアンディさん一家は二〇〇四年二月、懐かしい故郷カリンガ州に戻った。慈済フィリピン支部はバス一台を借り、十数箱の荷物を積み、十時間かかって故郷に帰った。

李偉嵩はマリータさんに携帯電話をプレゼントした。電話料金が高いので、病院と連絡したい時はまず李偉嵩に電話をかけてすぐ切り、李偉嵩が電話をかけなおして用件を聞くことにした。

水道も電気もないわらぶきの家に戻ったアンディさん夫妻は、小さな畑で稲を植えたり、豆や野菜を育てた。時には山から藤のつるを拾ってきて売り、家計の足しにした。こうして得た収入で、両親を合わせ一家六人を養うには、よほど節約しなければならない。リアとレイチェルがよく風邪をひくので、医療費や交通費もかかる。村へ帰ってくる時に、慈済が五万ペソを援助したが、それも使いつくしてまた借金をしている。

マリータさんは「慈済にはたくさんの借りがあるから、ボランティアの方には暮らしが貧しいことを話しません」と言う。しかし半年後、台風で農作物が全滅し、さらに困窮した。やむなく李偉嵩に支援を求め、マニラに行きたいと打ち明けた。

マリータさんは、山から下り大都会に住もうとアンディさんを説き伏せた。夫は無学で原住民語しかわからず、都会の人間と接触することを恐れていたが、子供の将来を思ってようやく同意した。

李偉嵩はアンディさんに「言葉のことはあまり気にしないで。誠実さがあなたの最大の長所だ」と言って励まし、ボランティアを通じて慈済マニラ支部のリサイクルセンターの仕事を紹介してあげた。彼は誠実であるだけでなく、仕事も早く正確なので、同僚からも認められた。

一家はマニラ近郊に三坪ほどの小さな木造の部屋を借りた。毎月の家賃は千五百ペソだが、李偉嵩が交渉して一千ペソに引き下げてもらった。しかし部屋は窓がないので暗く、湿気が強いため、双子はよく病気にかかった。

この頃ちょうど慈済がアンディさんの家の近くにリサイクルセンターを建てていたので、ついでにアンディさんに一軒の家を建ててあげた。一年後に落成し、一家は新居に移った。寝室、リビング、キッチン、バスルーム全て完備している。家の前には大きな広場があり、四歳になるリアとレイチェルがとんだりはねたりできるパラダイスだ。

ボランティアたちが引越しを手伝った後、新居への引っ越し祝いを催した。マリータさんは喜びのあまり、「新しい家はとても広く、私たちはまるで地獄から天国に移ったよう。とても素敵で寝心地がよくて、寝ているときも笑ってしまう」と話す。アンディさんは慈済への恩返しに毎月一千ペソの寄付をした。

慈愛と慈恩に対する期待

「お客さま、ようこそおいで下さいました」。慈済リサイクルセンターへ参観に来るお客に向かって、リアとレイチェルは門の傍で礼儀正しく挨拶をして迎える。お客さまが帰る時には、小さな手のひらをお客さまの額にあてて尊敬の気持ちを表す。もし姉妹が最も尊敬する李偉嵩おじさんが来たら、二人とも李偉嵩の左右の頬に熱烈なキスをする。李偉嵩は「二人を可愛がった甲斐がある」と微笑んで語る。

リアはおしとやかで物静か、レイチェルは活発だが、二人とも思いやりがあって自分の考えをしっかりもっている。母親の家事を手伝ったり、自分で風呂に入ったり、着替えたりする。一般によく見られる双子の特性として、一人がふさぎこんでいると、もう一人にも影響する傾向がある。二人は仲がよいが、自分の気に入りのおもちゃとなると互いに譲らない。おやつが大好きで、よく母親から小使い銭をもらって家の入口に立ち、アイスクリーム売りがチリンチリンと鈴を鳴らしてやってくるのを待つ。

このようにまだ幼い二人だが、とても働き者で、放課後はいつも家の近くにある慈済リサイクルセンターへ行って、ボランティアと一緒に回収物の分類や整理の手伝いをする。環境保全の小さな先兵である。
リアは将来学校の先生になって貧しい人を助けると言う。レイチェルは医者になって貧しい病人を救うと言う。李偉嵩は「二人が幼稚園に入る前に、證厳法師さまから中国語の名を授かりました。リアは慈愛で、レイチェルは慈恩という名です」と語った。姉妹が将来礼儀を重んじ感謝の心と愛の心に満ちた子供になるように、との期待が込められている。

子供のために
勇敢に立ち上がる父親


慈済ボランティアがいつも一家を気遣って寄り添ってきたことが、この親子によい影響を及ぼした。母親のマリータさんははじめは慈済の支援を当然のように思っていた。しかしその後、幾多の困難を経験して、慈済ボランティアがたゆみなく寄り添うことがどれほど大変なことかに気づいた。彼女はボランティアに、「法師さまに私が今真剣に環境保全の仕事をしていることをどうか伝えて下さい」と恥ずかしそうに語る。

マリータさんがシャム双生児を生んだ時、村人は一家に何かの罰が下ったのだとささやきあった。マリータさんは未開の社会ではそう思われるのは仕方のないことと思って我慢した。姉妹の分離手術が成功して一家が故郷に帰った時、村人は半信半疑だった。ある人は慈済の医療技術に驚き、ある人は手術の費用が全て無料であると聞いて、何か別の意図があるのではないかと疑った。姉妹は遅かれ早かれ台湾人になるだろうと嘲う者もいた。それから親戚や友人がマニラに一家を訪ねてから実際の状況を見てはじめて、慈済が見返りを求めない大愛の精神で支援していることを信じた。

アンディさんは、慈済に恩返しをしたいので、仕事に励んでいる。「汗水を流して苦労することを厭わない。大切なのは環境保全の仕事をすることで環境がよくなり、大勢の人を救うことができること」と話す。李偉嵩は、リサイクルセンターで働くアンディさんは誰よりも真面目に多くの仕事をすばやくこなすと言う。休日でもアンディさんはボランティアと一緒に物資の配付活動に参加したり、慈済に寄付をしたりして社会に恩返しをしている。

以前故郷で農夫をしていた時は収入が少なく、生活に必要な物を買う余裕がなかった。今は固定の収入があるので一家を支えることができる上に人を助けることもできる。人生の価値を見つけ、生きる自信を持った。



始業式の日、朝早くにリアとレイチェルを教室に連れて行ってから、アンディさんは校門に立って周囲を見渡した。先生が一人ひとりに順番に「夏休みの間何をしましたか?」と聞いた。

リアとレイチェルの番になり、「環境保全の仕事をしたり、慈済の静思堂で手話を上演しました」と答えると、先生は二人を褒めた。アンディさんはそれを見て恥ずかしそうに笑った。

「家が貧しかったので、私は小学校を一カ月余りでやめました。私の夢を娘たちが実現してくれました」。アンディさんは感謝の気持ちを込めて、満足そうに話した。

放課後、リアとレイチェルがリビングルームで宿題をしていた。仕事から帰って来たアンディさんがその傍らで娘たちを見守り、マリータさんはキッチンで夕食の準備をしている。姉妹は宿題を終え、今度は手話の練習を始めた。「幸福の笑顔」という歌に合わせて、三歳になる妹も一緒にまねる。

「幸福は私の身の回りにあるでしょうか。もし欲望が少なければ、満足が多くなります……」。アンディさんは歌詞の一句を聞いて微笑んで、幸せをしみじみ感じているように見える。


◎文・黄秀花/訳・重安/撮影・蕭耀華