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09月19日
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愛が姉妹の人生を変えた

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一人が眠っている時
もう一人はいつも目を覚ましている
一人は好奇心が強くてよく動き
もう一人は恥ずかしがり屋
フィリピンのセブから
台湾の花蓮にやってきたシャム双生児
ローズ姉妹の分離手術は成功し
仲良し姉妹の
それぞれの人生が始まった

ローズ姉妹が慈済花蓮病院小児科病棟の大きなベッドの両端にそれぞれ寝ていた。くるくるした大きな目をして力強く乳児用のビスケットを噛んでいた。母親のエミリーは目を離すのも惜しいというふうに、じっと二人を見つめていた。七カ月間待ちに待った日がついに訪れたのだ。どんなにフィリピンにいる家族と喜びを分かち合いたかったことか。

二〇〇九年十月二十一日に生まれたカーメルとカーメレッテは、臀部が繋がったシャム双生児であった。フィリピン中部の町、セブの貧しい地区に住む彼らは、慈済の医療補助を受けることになり、今年三月に治療のために来台した。

セブからマニラ経由で台湾に着き、列車で花蓮まで行くにはかなりの時間がかかる。子どもたちは時には泣き騒いだ。慈済病院に入院したその晩、ずっと気を張っていた母親もほっとして泣いた。

「家を離れてこんなに遠くへ来たのは初めてです。私は家では大黒柱なのです。娘たちの手術も心配ですが、家族の生活も気にかかります。しかし、娘たちがそれぞれの体になって素晴らしい将来に向かって歩んでいけるように、勇気を出して台湾に来ました」

台湾に来てから二カ月間、エミリーはホームシックにかかり、また娘たちの手術が心配でならなかった。六月五日に手術が行われ、手術室から集中治療室に運ばれた娘たちが「二人」になっているのを見て、夢を見ているようで信じられなかった。側にいた慈済花蓮病院の石明煌院長が笑いながら「本当の出来事ですよ」と言った。

喜びと悲しみの到来――
生まれた子はシャム双生児

エミリーの故郷はセブ市の東六十キロにあるカトモンという町である。

人口は三万人で、主な産業は農業、手工芸品作り、漁業であるが、どれに従事していても、共通して言えるのは貧しいことである。かやぶきや木造の小さな小屋で、家族が身を寄せ合って住んでいる。

エミリーの家も例外ではない。ベニヤ板とブリキで作った八坪ほどの小さな小屋で一家十二人が生活をしている。主人は家具工場の機械の運転工であるが、不景気なため、仕事はあったりなかったり。同居している弟も似たような状況にある。エミリーは中学校でフィリピン語の教師をしている。六千八百ペソ(約一万八千円)の月給で両親と小学校に通う二人の子どもを養っているのだ。

昨年、三十六歳になるエミリーは図らずも妊娠した。高齢出産になる上、検査の結果、双子と分かり、彼女は悩んだ。しかし、家族は大喜びで、新しい命の誕生で家庭内が喜びに満ち溢れるのを待ち望んだ。

しかし、エミリーは妊娠期間中、苦労が多かった。五カ月目に入った時、お腹が張って大変だった。町には大きな病院はなく、二週間毎にセブ市の病院へ検査に行かなければならず、二時間バスに揺られるのがとても辛かった。そして、夫婦にとって一番の悩みは、シャム双生児の可能性があるという医師の診断だった。

昨年の十月二十一日、帝王切開で双子の女の子を出産した。予想通り臀部が繋がったシャム双生児だった。喜びが言葉で言い表せない苦悩に変わった。分離手術をするチャンスはあるのだろうか? その高額な費用をどうやって捻出したらいいのだろう?

エミリーの帝王切開手術と二日間の入院費用だけでも八万ペソかかり、政府からお金を借りるしかなかった。

現地のメディアが彼らの境遇を報道すると、町長が見舞いに来た。そして、二〇〇八年六月に町で施療を行ったことのある慈済に援助を求めてみては、と提案した。

出産後二週間目、傷口はまだ元通りにはなっていなかったが、セブ市の慈済支部に援助を請いに行った。それが双子の分離手術のきっかけとなる第一歩であった。

緻密で周到な準備が必要な難手術
「初めて会ったエミリーは色白の美人という印象で、とても遠慮がちな人でした」。その日当直だったボランティアの李剣蘭はエミリーの直面している状況を一つひとつ事細かに聞き、マニラにある慈済フィリピン支部に伝えた。

台湾の慈済花蓮病院は二〇〇三年にやはりフィリピンのシャム双生児、リアとレイチェルの分離手術に成功しており、医療チームには充分な経験があった。フィリピンのボランティアは昨年十二月に台湾での会議に出席した時、慈済花蓮病院側と分離手術の可能性を話し合った。帰国後、早速エミリーの家を訪れ、病院で双子のレントゲン写真とCTスキャンを撮る準備を始めた。手術を検討するに当たって必要になるため、それらを花蓮の慈済病院に送るのである。

慈済病院は検査報告を受け取ったが、情報不足だと感じた。そして、小児外科の彭海祁主任医師が自らセブに出向いて検査することにした。

「今回出向いたのは、まず双子を手術で分離することができるのかどうか、分離できたとして、その後体の機能がどうなるか、障害が残るかどうかを確かめるためです」。また、彭海祁医師は、心臓をエコーで検査した結果、重要な臓器は独立しており、わずかに臀部が連結していて、肛門を共有しているに過ぎないことを確認した。また、触診で一つの肛門は二つの直腸に繋がっていることが分り、分離手術できる可能性があることを知った。

米国の医学センターで厳しい分離手術の訓練を受けたことがある彭海祁医師は触診した後、すぐに頭にその様子を描き出すことができ、この難しい任務を引き受ける自信があった。

双子が一歳になるまでに分離手術をするのが最も望ましい。そのため、フィリピンの慈済ボランティアはすぐにエミリーと子どもたちの台湾への渡航手続きを始めた。三月三十一日、ボランティアの李剣蘭と陳麗君の付き添いの下にエミリーは子どもたちを連れて、花蓮の慈済病院にやってきた。

医療チームは各種検査を行い、双子の筋肉、骨格、神経系統などの連結状況を調べた。小児科の看護人員も栄養士も全力投球で子どもたちの健康維持と術後の治療の準備を開始した。

四月八日、医療チームは一回目の手術を行った。組織拡張器を入れて大腸から人工肛門を作るのである。そして、麻酔が効いている間に肛門鏡と膀胱鏡及び超音波検査も行った。

分離手術チームのリーダーである慈済花蓮病院の陳培榕副院長は次のように説明した。組織拡大器を入れるのは分離手術後にできた空洞の部分を覆うのに充分な皮膚を培養するのが目的である。そして、大腸から人工肛門を作るのは各自が排泄できるようにし、また、手術前の準備として腸内の汚染を少なくするためである。また、精密検査を行うのは、連結した部分の面積を正確に把握するためである。とくに神経系統はわずかに末梢神経が連結しているとはいえ、分離手術後の後遺症をできる限り少なくするために仔細に検査する必要がある。

組織を極力破壊せず
できる限り機能を残す

カーメルとカーメレッテの二人は共にローズという名前がついているので、小児科の医療スタッフは二人のことを「ローズ姉妹」と呼んだ。医療チームは、二人の皮膚と軟組織の増殖を待つ間、二週間に一回会議を開いた。姉妹の健康状態と治療の進度を確認すると共に何度も分離手術の模擬訓練を行った。

六月五日午前九時十八分、彭海祁医師による第一刀で分離手術が始まった。まず正面から連結部分の皮膚を切り、両側に入れてあった組織拡張器を取り出した。そして、腫瘍外科の李明哲主任医師が率いる外科チームと一緒に深部の分離を進めていった。そのすぐ後に続いて、モンゴル人のTomor Harnod医師の神経外科チームが神経系統の分離を受け持ち、その後、外科チームが引き継いで、連結していた直腸、肛門、会陰を切り離した。午後一時三十分、シャム双生児の分離が終わり、引き続き欠損部分の修復が行われた。

最後に整形外科の李俊達主任医師のチームが取って代わり、二つの手術台で傷口の補修と皮膚の縫合が行われた。午後四時四十五分、まずカーメルが手術室から出てきた。そして、七分後にカーメレッテも小児外科の集中治療室に運ばれた。およそ七時間半に及ぶ手術が終わった。

「今回の手術は難易度が高く、二十人を超える医療チームになりました」と陳培榕医師は団体で方針を定めて行動したことを高く評価し、それが分離手術の成功に繋がったと言った。

シャム双生児になる確率は五万から十万分の一であるが、世界中の例を見ると、胸部と腹部の連結が最も多い。今回は台湾では九例目の分離手術で、臀部のケースは初めてであった。全体をとりしきった小児科の彭海祁主任医師はこう語っている。「手術の難しい点は、双子の連結部分の周囲が三十六センチに達し、その中にさまざまな臓器があることと排泄や生殖機能に関係していることで、どうやってスムーズに分離できるかということと共に、いかにして機能を損なわないようにするかがチームにとって知恵の出し所だったと思います」。

とくに尾てい骨神経はY字型に束になっており、末梢中枢神経を二・五センチほど共用していた。「この二・五センチが最も頭を悩ましたところです」。神経外科のTomor Harnod医師は、こと排泄機能に関係しているので執刀する時、どう分けても公平にはならないため、びくびくだったと言った。「彼女たち双方が良好な機能を保てることを願っています。数字の上でどう計算しても等式になることはありませんが、医療現場で精一杯努力するしかありません」。

「シャム双生児が手術によって二人の独立した体になれば、一部の機能に影響が出てくるし、何がしかの欠如があるのは避けられないと思います」。幼児の成長能力には無限の可能性が秘められている。生殖、泌尿、肛門などの器官は正常に機能するだろう。後日、リハビリを続けなければならないが、それぞれの成長期に現れる問題にも対応していかなければならない、と彭海祁医師が言った。

愛が癒したホームシック
エミリーは自分の目で医療チームが細心を尽くして娘たちに優しくしているのを見て感動せずにはおられなかった。「以前、お金がなければ治療できないものとばかり思っていました。しかし、慈済と出会い、希望が見えてきました。ボランティアも医療スタッフも皆、家族のように一生懸命で親切だったので、本当に安心しました」。

母子三人が来るずっと前から、小児科病棟の看護師長である鄭雅君は同僚を集めて、シャム双生児のケアの仕方の勉強と英会話の練習を行うと共に、スタッフの名札に英語を付け加えて表記するようにした。そして、母子たちが到着した時、家庭の温かみを感じてもらえるよう病室を整えた。社会福祉相談室からは改造したベビーカーとおむつ、粉ミルクが届き、ボランティアや医療スタッフが哺乳瓶の消毒器や保温ポット、ぬいぐるみやおもちゃなどを持ってきた。

エミリーが一人で娘たちを連れ、治療のために海を渡ってきた、その混乱した気持ちは想像できる。だから愛に包まれた環境を作って、安心してもらえるようにしているのだと鄭雅君看護師長が言った。

カーメルは好奇心が旺盛で、いつも当たりを見回していた。カーメレッテは初めは人見知りして泣いていたが、次第に笑顔を見せるようになった。姉妹の食欲は良好で、一回の量は少ないが一日に何回もミルクを飲んだ。二カ月の間に二人で二キロも体重が増えた。

病室内いっぱいにおしめや子供服が所狭しと干されていた。全部、エミリーが自分で洗っている。エミリーの負担を軽くするために、医療スタッフは手が空くと手伝いにくる。よくこの双子の担当をしていた蘇慧群と林美燕は、カーメルが穏やかで、カーメレッテが甘えん坊なのはベッドに寝ている位置に関係があるのではないかと考えた。というのも、カーメレッテは壁側に寝ているので外が見えず、不安になるのではと思ったからだ。

「彼女たちは双子、しかもシャム双生児なのに、性格は全く異なっています」と蘇慧群が言った。母親がカーメルをあやすとすぐに寝入るが、カーメレッテは長い時間頭をなでてやって、やっと少しずつ寝入るのだ。

五月九日は母の日だった。「大きなケーキを病室に持っていくと、エミリーはとても喜びました」。その日は休暇のスタッフもカーネーションを贈ってエミリーの苦労を労っていた。



分離手術から三日後、双子は傷口の回復が良好なため、集中治療室から小児科病棟に移り、エミリーは安心した。

医療チームの説明によれば、二人の傷口の回復状況を見て、新たに作った肛門の働きを検査する。もし全てが順調であれば、人工肛門を閉じ、早めに母国に返すことができる。

手術前、ローズ姉妹はハイハイしたがっていたが、体が分離された今、八カ月近くになる彼女たちは坐ったりハイハイしたりする練習ができるはずである。

ローズ姉妹がその名前のように、小さいつぼみから次第に養分と力を蓄え、ついには美しい花を咲かせてこの世にその香りをもたらしてくれることを願っている。


リアとレイチェルがローズ姉妹を祝福


慈済月刊五二三期より
文・黄秀花/訳・済運/撮影・蕭耀華