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06月26日
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ホーム 證厳上人 證厳上人の説法 地球の健康保全に努める美しい両手

地球の健康保全に努める美しい両手

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證厳上人のお諭し
地球は人類の最も美しい家
傷つけられた地球を見るのは悲しい
人々は勤勉倹約
小欲を心がけ
福を大切に
両手を挙げて
環境保全に努めれば
地球の健康保全が叶う
地球を愛護する両手は
最も美しい手

今年の夏、台湾は記録的な猛暑で、どこへ行っても「暑い暑い」という声を聞きます。台湾だけでなく、中東のイランでは摂氏五十二度の酷暑、北京でも四十度に達していました。焼けつく酷熱で気温は人の体温を越し、路面のアスファルトまでが溶けるほどです。

同じ地球上でも、ある所は焼けつく暑さ、別の所では氷に閉ざされた寒さ、ある地方では水不足による旱魃(かんばつ)、ある地方では洪水による災害が発生しています。

二千年前、仏陀は娑婆(しゃば)世界を「堪忍(かんにん)世界」と言われ、人たちが生活する世界は苦難が多く、忍耐が必要だと説かれました。現代四大不調によって私たちは心身苦しめられています。正に堪忍しなければならないことの多い世の中です。

世界の気候不調和は、人類が欲望を満たすために引き起こしていることです。快適を求め、享受するために自然生態を破壊し、空気、水源、大地を汚染させています。こうして地球を傷つけたことの報いに、人々は災難を受けています。

ゴミも汚染も人々によって生まれたものです。今しなければならないのは環境保全です。一人の力は小さいから何の役にも立たないと思ってはいけません。環境保全は「バタフライ効果」(注1)のように小さな動きが大きな影響を産み出すことを知って、実行しなければなりません。

真心で奉仕する
「草の根菩薩」は
地球にとって
大切な人である
人々にとっても
大切な人である


プラスチック製品が今のように広く使われていなかった頃、人々の日常生活から出るゴミは果物の皮や台所の野菜くずや土、砂、紙類くらいで、今のように多くのゴミはありませんでした。今では地下に埋めても分解することのないペットボトルやビニール、プラスチックゴミが至る所に見えます。

一九九〇年八月二十三日、私が台中で「拍手する両手で環境保全をしよう」という題目で講演をしたところ、すぐに一団また一団と草の根菩薩が現れました。真心で大地に奉仕する無私の愛は感謝に堪えません。これが、慈済環境保全志業の幕開けになったばかりでなく、その人たちの「幸福な人生」のスタートになりました。

献身的に奉仕するボランティアは回収した物がどんなに汚くても、重くても、汗まみれになっても、「辛い」を「幸せ」と言い代えています。リサイクルセンターにくるお年寄りから青少年、幼ない子供たちまで省エネ、CO2削減に努め、物を大切にして地球を護ることを心がけています。

慈済の環境保全活動は台湾全国で普及しているだけでなく、清流となって国際間に流れています。現在世界の十七カ国にいる慈済人は、その居住地で環境保全を呼びかけ、自ら実行してきました。長期の努力の成果は国連にも認められて、二〇〇五年六月五日の「世界環境デー」に慈済人が要請を受け、各国の人たちに経験談を発表しました。

ボランティアは覚有情(かくうじょう。悟った者)であり、人間(じんかん)菩薩でもあります。環境保全ボランティアは地球の環境を護る大切な人で、また人間関係を護る大事な人でもあります。多くの人はここで回収した資源を分類しながら日常生活のことを話し合う中で、心のゴミを出し、悩みが減って心身のリハビリになっています。

もっと多くの人が真摯に、真心の愛で地球保護の列に加われば、大自然の生態は回復し、人類と万物に生気が戻ってきます。

清浄は原点から――
家庭ゴミの減量
細かく選別処理を行い
資源を回収し
環境保全を精密化


すべての物は回収すれば再利用が可能な資源になります。慈済が環境保全に力を入れてから二十年目の今日、さらに一歩進んで「環境保全の精密化。清浄は原点から」を唱え、回収物資を細かく分別してレベルアップに努めています。

人々が日々の暮らしの中で常に環境保全を意識することを望んでいます。家で自炊し、家族で食卓を囲んで食事を楽しむようにし、市場や街の買い物にはなるべく包装や容器を節約し、飲水は携帯して買わないことです。回収した空き瓶と空き缶はきれいに洗ってアリや蚊やゴキブリの住みかにならないように。

人々が「清浄は原点から」ということを徹底的に実行するのは、容易でないかも知れませんが、発心立願すれば困難なことではありません。

台北県林口の慈済ボランティア、羅辰妹さんは、長い間、環境保全活動をしていました。今年の五月、地域の管理委員会の同意を得て、毎週の日曜と水曜の夜、住民たちと資源ゴミを回収し、慈済人が中心になって分類しています。始めの頃、回収物はゴミのようでしたが、慈済人の辛抱強い指導で一カ月後には成果が現れ、洗われた回収物はすぐに分別し箱詰めにして資源回収拠点に送りました。ゴミを減らし、両手で利用できる資源を回収すれば、大地は清潔になり、地球は常に健康が保てます。

微力と軽視せず
心に浮かんでくる
すべての念頭を軽んじない
愛と善があれば
災難が遠ざかる


ハイチの巨大地震から半年が経ちますが、復興は遅々として進んでいません。七月十二日の風雨で被災者のテントはめちゃくちゃになり、恐ろしくて泣き叫ぶ子供たち、赤ちゃんを負ぶったり子の手を引いている母親が、どこへ逃げればいいのかと右往左往する情景をニュースで見て、胸が痛みました。

台湾は本当に幸せです。苦しみを見て幸せを覚え、さらに戒を慎み敬虔でなければなりません。この世に生まれたのはなぜか? この世に生を受けた役割は? 人と人との間はどのように関わりあうべきか? と人々は心静かに思考しなければなりません。最も重要なのは、どうすれば天下に災難が起こらないかと考えることです。

人は快楽を貪り、顛倒(てんどう)(注2)の中で業を造ります。自分の造った業の報いに苦んでいる中でも、無知のため反省しないので、悪業を作り続けます。こうして尽きない業に陥ります。

人生では、天地の間、人と人との間すべてに、感謝と尊重の心を持つべきです。怖いもの知らずに、大地の資源を欲しいままに剥奪してはなりません。

地球は私たちの美しい家で、大切にしなければなりません。地球が傷つくのを見るに忍びないなら、心の動き、一挙手一投足に注意して、大地を保護するのです。天を敬い、地を愛して、ほかの生物を守ってこそ悟りの人生です。環境保全の清流が人の心と大地を清らかにするように、台湾の善と愛の力を地球に注いで、天下に災難なく社会と人々が平穏であることを望んでいます。

心の窓を開け広げ
智慧の光を入れて
愛の心を啓発し
心霊を調和する
福を大切にして
福を植えることが
真の福である


米国のアトランタに住み、子供たちに愛の心で奉仕するよう教えているある夫婦についての報道を目にしました。二〇〇六年のある日、十四歳の娘・ハンナが家へ帰る途中、一台のベンツが止まっている傍で薄汚れた顔のホームレスがうずくまっているのを見ました。少女はもしもこのベンツを運転しなければ、どれだけのホームレスが腹いっぱい食べられるだろうと思いました。

その夜、悶々としたハンナは父母に自分の考えを話しました。母親は「どうすればいいと思う? 家を売るの?」と聞きました。そして半年に亘る家族会議の結果、父母は子供たちの教育のために豪邸を売ることにしました。売却額の半分で慈善組織を通してアフリカの貧民のために学校と病院を建て、その恩恵にあずかった人は二万人以上に上りました。

両親は残りのお金で小さい家を買いました。弟は「僕この家が大好きだ。広くないから皆の顔がすぐ近くに見えるし、みんなもっと仲良くなったよ」と言いました。

これが「喜捨(きしゃ)」です。この家族は物欲を最低限に押さえ無私の愛を発揮して、豊かな精神生活を送っています。

台湾でもこの話に似た、倹約で素朴な生活を送りながら喜んで奉仕している人がいます。彰化に住む、七十歳の荘石田さんは若い時は苦労をし、裸一貫で財を成したものの、十余年前思いがけなく一千万元(一元は約三円)もの損失をこうむりました。無に帰した苦しい生活の中で、「倹約は元手になる」ことを体得し生活を最低限に切りつめました。

家族は自然光を使って節電するほか、お米を洗った水で野菜を洗い、物を拭いた後は床の雑巾がけと、水をリサイクルして節水を心がけました。靴下は穴が開けばつくろって履けなくなるまで履き、衣服は一着を何年も着るなど物欲を最低限に押さえた生活を送りつつも、心は豊かでした。五元、十元のお金も大切にしているのに、困っている人がいると聞けば、真っ先に差し出しました。

善事はどれだけお金が貯まってからなどと、実行の時を待つ必要はありません。荘さんは倹約に努めている中でも絶えず困っている人を助けてきました。今では慈済彰化支部で草花の手入れをして、奥さんの黄宝蓮さんは慈済台中病院でボランティアをしています。

荘さん一家がこつこつと「福田(ふくでん)」を耕しています。彼らが表現した堅い意志は智慧の表れです。

人々の心の中にある光は、愛のエネルギーを発します。自分の力は小さいと軽んじず、心を広げて光を入れ、その智慧の光を使って人々の心霊を導くのです。福を大切にし、植福の人生こそ真の福です。



台湾時間の七月十九日夜の十一時、米国ニューヨークの国連経済社会理事会(ECOSOC)の中で「仏教慈済基金会」が特殊協議資格(Special Consultative Status)を持つNGOを宣言しました。

国連経済社会理事会は六つある主要機構の中の一つです。今後、慈済基金会を代表して参加し、口頭または書面で国連に対し建議を行うことができます。ほかのNGOの経験と理念を吸収することもでき、さらに国連の消息を通して的確な決定を行うことができます。それに慈済が世界で慈善行動を起こす時、国連に申請して協力と一層の保障も得られます。

このような確実な人的資源があると、支援活動のさらなる助けになり、まさに慈済にとってもう一つの「一大事因縁」になります。

慈済最初の「一大事因縁(いちだいじいんねん)」の縁とは、四十四年前の非常に困難な時代にまかれた一粒の種でした。この種とは人々が本来から具わっている仏と同等の清浄さ、そして慈悲心と智慧です。

四十年以上の時空に人々が互いに我慢しあって、協力して、「仏教のため、衆生のため」との堅い決心があったから、この仏教精神に富んだ理念で衆生を憐れみ、正しい方向へ導き、無明(むみょう)の煩悩から解脱して、無私の愛を提唱してきました。

仏陀は善悪の業は須弥山(しゅみせん)より大きいものだと言われました。心を慎むことを教え導かれました。少しの差で悪の業力は須弥山より大きくなり、善に向かえば人間の福となりその力は須弥山より大きいものです。

慈済人は発心立願し、苦難の人のために抜苦予楽(ばっくよらく)を願って、生活も心も穏やかになるまで努力します。この愛はまた須弥山より高いものです。

現在慈済の善の足跡は世界の七十カ国に及び、民族や宗教を分け隔てしない無私の愛は国連に認められました。今後慈済はさらに重い責任を背負ってゆきます。さらに視野を広げ、「国境のない愛」を実行してゆく重責を担っていかねばなりません。

皆が真摯に覚悟して、一刻もおろそかにしないことを期待しています。必要とする所、必要な時には力量を発揮することを願っています。皆さんに感謝しております。

慈済月刊五二四期より
訳・慈願/絵・余真賢