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07月19日
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ホーム 證厳上人 證厳上人の説法 一九八九年編集の縁起

一九八九年編集の縁起

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【記念特集】

高信疆◎一九四四年生まれ。『中国時報』の編集者、『中時晩報』の社長を経て、一九八九年、『證厳上人静思語集』の編集を担当。二〇〇九年五月逝去。本文は高信疆先生が『證厳上人静思語集』を出版する時に書いた序文である。

證厳上人は「慈済功徳会」の創始者である。

慈済功徳会が発足した二十五年前、法師様は簡素な法衣と布靴を召された、温和で謙虚なお姿であった。三年前(一九八六年)慈済病院のオープニング・セレモニーの際、そして今年の慈済看護専門学校開校式のときも、質素な法衣と布靴を召され、温厚で謙虚な法師様のお姿には、いささかも変りはなかった。法師様は衆生のため、多くの慈善事業を興し、身分や性格を異にする多くの人びとを啓発された。

長い歳月の間、法師様は一身の辛労をもいとわず、終始一貫、勤倹を持し「無縁大慈、同体大悲」の大いなる愛の心で、菩薩道を実践されて来た。

二十五年を経たのち、慈済功徳会は当初の三十人から現在の百数十万人の大所帯に成長した。貧民救済から始まり、今や慈善、医療、教育、文化の四大志業を達成することを目指し、堅実に成長の一途をたどっている。如何なる心身の苦労をもいとわず、心血を注いで歩んで来た長い道のりであった。

法師様は倦まず弛まず弟子たちを従え、会員、委員たちと共に、志を一にして歩んでこられた。



法師様は委員たちに対してお諭しする際、次のように語られた。

「始めの頃、私たちは、一頭の牛が荷車を引いて草原を前進しているようなものでした。長年の努力で、わずかな成果を上げたとはいうものの、いまだに重荷を満載して坂道を登り続けています。牛も年老いてきました。わたしたちは決して立ち止まってはなりません。ここで一休みというわけにもいきません。坂道を登っている途中で止まれば後退するのみです。私たちは弛みなく努力を重ね、初志を貫いて、一気に頂上まで登りつめなければなりません」

このような強い意志と体力、念願と知恵の力でもって、法師様の期待する「福田」に種をまくよう、懇切篤実に衆生を鼓舞、教育された。

「慈悲喜捨の心をもって、あまねく人々の心に蓮の花を咲かせ、共に愛に満ちた社会を築きましょう」

多年にわたって、法師様は慈愛の心と柔和なお言葉で、慈悲と知恵をもって慈済功徳会の会員たちを率い、雨の日も、風の日も、また炎天の日も貧民救済と病人の救援に尽くされた。慈済人が心理的に挫折を受けたときには、法師様は彼らを力強く励まされた。慈済人が方向を見失った際には、法師様は彼らに正しい進路を示された。

入り組んだ俗世のもろもろのしがらみも、法師様はそれを理路整然とした節理にまとめられた。愛憎渦巻く人間関係も、法師様の柔和なお諭しは、人たちの荒立つ心を静められた。法師様の懇切で英知に満ちたお言葉と、慈しみ深い篤行は、日に日に増加する慈済のメンバーにとってはまたとない処世の鑑であった。

古今東西多くの先哲は、私たちに範を示されている。しかしながら、時代の流れや地理的な隔たりによって、曲折変化の多い現実の社会において、人々は正しい道を見失うことも免れない。また、難しい専門的な言葉などは、大衆に受入れられない。日々の暮らしのために奔走する多くの人たちは、教示を請う機会も比較的に少ない。それが故に、実際の生活面において、しばしば自分でうまく解決できない難題に遭遇する。

慈済人が最も必要とする時、法師様は柔和で、懇篤なお言葉で諭された。それは自然に流れるが如く、時と場に順じ、機に応じて善導なさるなど、真実にして親しみに富み、深甚にして且つ平易であった。とくに法師様が率先垂範された道徳規範は脈脈として、慈済人を啓蒙し、高揚させている。

法師様は未だかつて、人の意表をつくようなことを話されたことはなかった。しかし、一言で人に自覚をうながす力強さがあった。法師様のお諭しは、難しい古典や美辞麗句を用いず、常にささいな所から英知を発揚し、一問一答の間に深甚な啓示が包含されている。

法師様は一度として、激しい口調でお話しなさることはなかった。その温厚な面持の中に自然と荘厳さが備わっている。法師様は平素、弟子や会員たちに対するお諭しの中で、常に「出世」の心で「入世」の道を語られた。懇切なお言葉は、素朴ながら明晰である。すべてが慈愛に満ちた、善と美の信念と徳行であった。

法師様のお諭しは、多くが現実の人生面から始まり、個人の実践によって体得し、毎日の生活の中に溶けこむ生きいきとした話題であった。それがため如何に多くの人たちと多くの家庭が救われたか、はかり知ることができない。また、実質的に多くの人たちをして、事業を興させ、人間関係の融和をはかり、和を貴び、人助けを無上の喜びとするようになった。



慈済功徳会の委員たちは感激の念を胸いっぱいに抱き、法師様が平素弟子や会員、あるいは社会の人たちに開示なさったお言葉を集録して、さらに多くの心ある人々が、そのご説話に親しみ、さらにそれを手もとにおくことができるよう期待している。人としての在り方を考える時、事に当たる時、自らを励ます時、または貧しきを救い、富める者を教え導く時など、すべてその機に応じてページをめくれば悟るところがあり、力を発揮することができよう。

筆者、信疆は慈済ボランティアのひとりとして編集を託された。及ばずながら大任をお受けした次第である。元馨と協力の下、なお、慈済の友人たち――何国慶、洪素貞からも絶大なる協力をいただいた。法師様のご教示、仏法についての論説、慈済の書刊、報道、見聞などより、その精華を集録したのである。

集録の際、一つの原則を立てた。すなわちこの世の中の出来事を対象とし、人が生まれつき持っていながら、無明に覆われている仏性を引き出すことを目標とし、徳行の修養を高め、善と美が同一に融合することを主軸としたのである。

願わくば、本書が、慈済人修養の指針となり、また、縁のある社会の友人たちにも提供され、切実にして実行性のある、暮らしの辞典となりうれば幸いである。

さらに多くの人たちが法師様の英知、慈悲と容忍に倣い、あのような無数の慈済志業を成就させた、巨大な力量を分ち合うことができることを、切に願うのである。

すべての人びとが、ひたすら身心を救い、世を救う大道を歩み、奮励実践されることを願ってやまない。我々の時代に福をもたらし、我々の次の世代に良き模範を残すことができれば、慈済人としての宿望が達され無上の感激になろう。


文・高信疆/訳・沈国明
写真提供・慈済花蓮本会