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07月22日
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ホーム ドキュメンタリー 慈済環境保全運動・20周年 廃棄物に新しい命を 物にリハビリを行う

廃棄物に新しい命を 物にリハビリを行う

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【慈済環境保全運動・20周年】
まだ使える家電用品が
棄てられるのを見るに忍ばず
弱視の荘清井は試行錯誤を繰り返し
棄てられゆく物に
再び新しい命を与えました
一方病に悩む自分を奮いたたせ
自らの命にも
新しい輝きをもたらしました

台湾中部、彰化市の郊外にある宝廍環境保全教育センターは周りを青田と畑に囲まれています。毎日昼近くになると、この建物から香ばしい食べ物のにおいが漂ってきます。センターのボランティアたちは、訪れる人を家族のようにもてなします。

昼時分、プレハブ小屋の窓にそそぐ陽光の下で荘清井は回収したステレオのパーツをいじりながらボタンを一つ一つ押して壊れていないかどうか確かめていました。歩行のバランスがとりにくい荘清井は毎日センターに顔を出して、廃棄電気用品区で再利用可能な電池やラジオ、テープレコーダーなどを捜し出して一個一個検査測定し、再び活用できるチャンスをあたえました。

慣れた手つきでステレオを分解し、ボタンを一つ一つ押してまだ使えるかどうかを検査している彼を見ると、これがあの弱視で耳のとおい身体障害者手帳を持っている人とはとても信じられません。すべての物を間近まで近よせないと判別できない荘清井は、特別な勉強をしたわけではないが、レコーダーを修繕したあと簡単な取扱説明書を添え、ボタンにはそれぞれ機能を明記し、値段までつけてチャリティバザーに回します。そして自信ありげに「どうぞ試して下さい、アフターサービスも致しますよ」と荘清井は言うのでした。

独学ですべてを習得する
入念に注意を重ね専門家に

「私は二〇〇五年七月二十三日、初めて自強リサイクルセンターに出かけて資源回収車に乗ってリサイクル活動に加わりました」。荘清井は今でもはっきりとその日のことをおぼえています。ちょうど定年を迎え、することもなかった荘清井を、友人が慈済彰化支部に連れて行ったあの日、環境保全ボランティアになりたいと申し出ました。「幾日もたたないうちに責任者の趙錦綢さんから電話をいただきました。この時から慈済と私の善縁が結ばれました」

子供の時から電気器具に興味のあった荘清井は、センターで廃棄された電気器具を整理するのに没頭しました。二〇〇八年宝廍環境保全教育センターが設立すると、月曜と金曜には自強リサイクルセンターに出向いて回収可能な廃棄電気器具を捜し出し、火曜から木曜までは宝廍環境保全教育センターで集めた電気器具の検査と修理をしました。

一度ボランティアたちと高雄の喜捨リサイクルセンターを訪れました。その時、荘清井は案内係が使っているマイクの音質があまり安定していないのに気づきました。聞いてみると、センター内で使われているマイクやオーディオはすべて回収品ということでした。この時、荘清井はステレオ関連機器の整理に当たろうと決めました。そして訪問客や講習を受ける人によい器具を提供することで、講習の効果もよくなるだろうと思いました。

いかにして視力の困難を克服して検査や修理をするのかと尋ねたら、荘清井は自信たっぷりに、「私は誰にも教わっていません。頭を使って手探りで進めました。修理を重ねながらアルファベット表記のボタンを触っているうちに、その機能が分かるようになったのです。これは神仏の思し召しで、私に慈済の環境保全の道場で能力を発揮できるように取り計らって下さったのだと信じています」

電気機器のメンテナンスや修理のほか、荘清井は錆びていない廃棄電池の選別にも長けています。計器で一つ一つ測定し、電量がまだ半分残っていれば回収してチャリティバザーに送ります。

荘清井は「今の人は大変な浪費をしています。まだ使えるのにすぐに棄ててしまう。一人ひとりが無頓着で無駄遣いして回収を怠れば、我々の住む地球はますます汚染が深刻になります。子孫たちに美しい地球を残すため、環境保全にかかわる回収作業は是非ともやらなければなりません」と言いました。

因果応報を了解し
苦痛を忍んで
力を尽くして実行
十数年前、メッキ工場で働いていた頃、雨靴をはいて一日中メッキ液につかって働いていました。メッキ液が靴の中に浸透し、荘清井の足のかかとは十年この方腫れてただれていました。三回ほど植皮手術を施し、いろいろな方法を講じましたが治らず、毎日痛み止めを服用して痛みを軽減するしかありませんでした。時には痛みで歩行が難しく、杖に頼らなければ歩けないほどでした。

「もし慈誠隊員(慈済の男性ボランティアで組織するグループ)になっていなかったなら、きっと家で休養ばかりしていたでしょう。しかし現在、私はすでに法師様の弟子です。因果応報を理解し、私の業を解消するためあらゆる苦痛に耐え、全力を尽くして喜んで環境保全に励みます」

荘清井はリサイクルセンターを修行道場と看做しています。「ここでステレオセットを修理してその寿命を延ばし、それを使って慈済の歌曲を流したり、法師様のお諭しを伝えたりします。ボランティアの皆さんが毎日法師様の薫陶を受けられることは道場で修行することと同じです。そして、ここを訪れた地域の方が、慈済が呼びかけている環境保全が実際どのように行われているかを知り、慈済は本当に物を愛し福を惜しむ団体であることを知ってもらえます」

荘清井が純粋な気持ちでまじめに回収を実行しているのを見て、ボランティアの曽漢儀は「私は腎臓結石で、発作が起きて痛むと何もできません。荘さんは身体障害者手帳を持っていながら、不自由な足を引きずって歩き、毎日痛みをこらえてセンターに出ています。このような忍耐精神は私が見習うべき模範です」と感動して言いました。



ステレオセットを回収して修理し、再び音が出るようにしました。また、中古のパソコンや扇風機を直し、再び命を与えました。慈済の環境保全ボランティアは、気を配って仕事をなす専門家となります。無数の廃棄家電が再び機能を発揮できるようにし、寿命を延ばします。


慈済月刊五二四期より
文、撮影・徐鄭彩芳/訳・王得和
 

" 光陰は容赦なく過ぎてしまう。今この時を把握して若いうちにしっかり努力しなければ、年取ってから学ぼうと思っても、往々にして時機を失し後悔するばかりである。 "
静思語