人生の最も安全な投資

2009年 2月 01日 慈済基金会
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【慈済カップル】
林蔚綺と柳宗言 保證付きの「幸福感」

台湾の株式市場の相場、ヨーロッパの相場、アメリカの相場……など、彼女は二十四時間中、世界各国の株式市場の相場変動に従って、身心ともに落ちつかない。緊張した生活から逃れるために、外国旅行やグルメ三昧に金銭をつぎこむ。日々がこうして「金銭と共に舞う」ので、彼女は金融相場の変動で身も心も疲れ果てる。

人生はどうしてかくも苦しく忙しいのか? 彼女は終に自分の人生における最もよい投資先を見つけた。

全世界の投資家や証券マンにとって、二○○八年は「禍が度重なる年」であった。年の初めに米国政府は金利を上げた。サブプライムローンの債務者がローンを支払えなくなり、貸出し銀行は資金を調達することができなくなった。そのためこのローンを商品化して発行した数兆ドルの債券や金融商品が一夜の中にただの紙きれと化した。

連銷反応が起きた結果、債券を買って大儲けしようと企んだ多くの大企業家や金融機構は、逆に大損失を来たし、破産する始末となった。その中には数百年の歴史を誇るリーマン・ブラザーズ社も入っている。全世界の株式、債券、不動産市場は荒廃し、投資者の損失は惨憺を極めた。

「投資と貯蓄は異るものです。貯蓄は金を預けたら、元金が返ってくるほか利息がつきます。しかし投資は元金が返還される保証がありません」と全世界の経済危機に話が及んだ時、かつて金融界で活躍していた林蔚綺は感慨をこめて語る。

二年前、高い収入を捨てて、十二年間に亘る金融生涯に終止符を打った林蔚綺は、慈済ボランティアに「転職」した。金融市場での相場の変化に従って身心が緊張していたのは過去のこととなり、今ふり返ってみると、正に隔世の感を禁じ得ない。

相場の変化に
一喜一憂する日々

「慈済人の『大愛』が尽きることのないのに比べ、私の以前の生活は悩みが尽きない日はありませんでした。地球は平坦であります。全てのマーケット相場は連動します」と林蔚綺は語る。国際金融業務を司る彼女は一刻も油断せず、朝の九時から午後の五時までずっとアジアの為替市場、債券、株式市場の画面をにらみ、退勤前はヨーロッパ株式市場の始値、夜は米国ウォール街の株式市場の始値に目を向ける。一日中コンピューターから目を離さず、全世界の財政、経済関連のニュースを深夜まで見る。朝、目が醒めたらまたすぐアメリカの株式市場の終値の確認だ。

「私が扱う金は常に八、九桁のゼロがある数字(千万億元)です」と彼女はかつてのプロ意識がにじむ表情で語る。当時の彼女は、米国の前連邦準備理事会(FRB)の前議長・グリーンスパンの公布の内容いかんで動揺したものだった。

現在の林蔚綺は全身全霊を傾けて慈済で無給のボランティアとして奉仕している。彼女は夫の柳宗言と共に学校や会社、社団法人を訪問し、エネルギーの節約や地球温暖化を防ぐために二酸化炭素削減などを呼びかけて回る。

「皆さんが例え不便であっても、地球の生命を守るために」と氷山の溶解や気候の激変、食糧不足などのデータをスクリーンで放映し、柳宗言が真心を込めて環境保全の行動をよびかける。林蔚綺も夫と共に列席した会社の役員や社員たちに頭を下げて感謝する。

ビルのオフィスから出たら、二人は他のボランティアと一緒に歩いてMRTの駅に向かう。自家用車を使わず、公共の乗り物を利用して、エネルギー節約と二酸化炭素削減を実践している。彼らは口で言うだけでなく実行しているのである。

「私は以前、出かける時に自家用車で行こうか迷うことがありました。以前は時間を争ったものでしたが、今はエネルギー節約と二酸化炭素削減を先に考慮しています。何事もこの心念を基準にして決めるので、全てを克服できる方法を考えるようになりました」

台北市文山区の山腹にある家のベランダから、華やかに光り輝く台北の夜景が一望できる。もしも地球温暖化で南極と北極の氷山が溶解したら、この眼前の繁華街は一瞬の中に水中に沈んでしまうかもしれないと林蔚綺は心の中で思った。

四十代の林蔚綺と柳宗言の夫婦は生活習慣を改め、倹約家となり、環境保全に尽力している。彼らは以前は実に贅沢三昧で、金銭を浪費していた。

「前はよく二人で高級ホテルで夕食をとったものでした。日頃は仕事に追われて忙しいので、贅沢をして自分たちを労らうのが常でした。金儲けに一所懸命になればなるほど派手な消費を重ね、悪循環に陥っていたのです」と柳宗言は話す。

金儲けのストレスを浪費ではらす
一九九一年、林蔚綺と柳宗言はアメリカへ留学した。

「ワアーすごい! なんて大きなスーパーマーケット。二十四時間営業で品物がみな安い」。二人は初めてアンクル・サムの国土に来て、スーパーマーケットにずらりと並ぶ山ほどの食料品や日用品にびっくりした。住んでしばらく経ったら珍しくなくなり、郷に入れば郷に従えで、彼らはアメリカ人の生活様式にすっかり慣れた。

大学はカリフォルニア州にあり、土地が広く住宅地区と商業地区は離れているので、二人は休日を利用して、スーパーマーケットヘショッピングに行く。一度に一週間分の食料品を買い漁って帰る。長期の休日には、友達を誘って団体で旅行に繰り出した。

柳宗言は電気工学を専攻し修士号を、林蔚綺は企業管理の修士号をそれぞれ獲得して、台湾に帰り、それぞれコンピューター産業と財務金融業に従事した。

夫婦は留学時代の「買いだめ」の習慣が身についていたので、帰国後も一度に七日分の食料品を買う。しかし、週に二日だけしか家で食事をしないこともあり、腐ってしまった食料を捨ててしまう。こうして無駄に捨てた食料品はその他の支出費用に比べて少いけれど、あの時のことを思い出すと柳宗言は心が痛んだ。

貧乏留学生から高貴なホワイトカラーへ。高い収入を得た若い夫婦は享楽にふけっていった。

林蔚綺は銀行を退勤すると、よく付近にあるデパートに足を運んだ。服はたくさんあるけれど、新商品や一万元以上もするブランド品を惜しみなく買う。

一方、夫の柳宗言も、趣味のコンピューターの新製品が店に陳列されたら、すぐに買う。性能の良し悪しも確認できない前に買って帰るので、まるで高い値段を支払って、人のために「テスト」をして楽しんでいるようなものだ。

サラリーが人一倍高い分、ストレスも大きい。彼らは毎年少なくとも一度の海外旅行を計画する。日頃のストレスを発散させるためだ。各国を旅行した時に撮った記念写真をはりつけたアルバムがたくさんある。

柳夫婦は両親に孝行である。柳宗言の母親は息子について「私が早目にリタイアして閑すぎて退屈していたのを見て、スポーツクラブに入会させてくれました」と語る。また数年後、息子が新車に換える時、父親の古い車を見て、自分よりも高級な外車を買ってあげた。「私たちは古い車を捨てるのは惜しいと思いましたが、言ったところであの子はきかないから」と笑って言う。
林蔚綺もよく実家の父母に服などを買ってあげる。しかし、質素な生活に慣れている両親は新しい服をタンスにしまって、相変らず古い服を着る。父母は息子や娘が子供の頃着た服をとっておいて、将来孫たちに着させるつもりだった。

当時、裕福な生活に慣れていた林蔚綺は父母の暮らしぶりを見て、何もそこまでしなくてもよいと思っていたが、「それは私が父母を理解していなかったからです」と今では反省している。

諸行無常
急流勇退
林蔚綺は仕事の能力が高いばかりでなく、ストレスにも強い。時々刻々と変化する金融相場の忙しい職場で、彼女の仕事の能力は上司や同僚から認められていた。しかし職場で働いて数年経ち、彼女は「誰のために苦労し、誰のために忙しく働くのか?」と疑問を抱くようになった。彼女が金銭の大海で継続して奮鬥できる原動力は、ただ高い収入があるからだけなのだと気づく。

大好きな趣味の外国旅行も、予期したほどストレスを発散させる効果がなく、外国から帰ってきて出勤したら、まるで風船玉のようにしぼんで、気が抜ける。「私が職場で知った価値観は、私の想像したものと大変異なりました。私は仕事に対して困惑とストレスを感じるようになりました」。

心が「過労」になった彼女は、二○○六年三月、勤務先の銀行に休假を申請し、慈済花蓮病院ヘボランティア奉仕に行った。贅沢な衣食を捨て、慈済の静思精舎に入り、他の人たちと同じ制服を着て、広い板間の部屋で雑魚寝をした。簡素な団体生活と、何も求めずただ奉仕する無私の心で病人に奉仕した。

五日間という短い間だったが、彼女は「喜捨無求」(困っている人に手を差しのべ、見返りを求めない奉仕)を実地に体験し、人生において別の生活態度を垣間見ることができた。
   
「法師さまは、物質の欲望は低くして、精神道徳は高く上げましょうとおっしゃいました。私はこの方が健康的でまた幸福な暮らし方だと信じます」

「妻は長期間、仕事の圧力で毎日眉をひそめていましたが、花蓮へ行ってからまるで頭の上から光りを放っているように活き活きとしています。傍にいる者も彼女の法喜を感じられます」と柳宗言が言う。彼女が家に帰った後、いつも知足(足るを知る)、感恩(感謝)、善解(何事も善に解釈する)、包容(受け入れる)といった言葉を口にし、生活上に応用実践していると語る。

この度の花蓮ボランティア紀行で、彼女は改めて人生の方向について考えるようになった。

「将来の財源が心配ではないの? 老後の蓄えは足りるの?」。林蔚綺が退職することを聞いて同僚たちがびっくりして聞く。年若くして高いサラリーを得ていた彼女がその職を捨てるのは、きっと別にもっとよい「財源」を見つけたのだろうと皆は思った。

妻の突然の決定に柳宗言も当惑した。「君と同じ年輩の人と比べてもサラリーが格別高いのに。金を寄付してもっと多くのことができるのに」。柳宗言にしてみれば、「有銭出銭、有力出力」(金のある者は金を出し、力のある者は力を出す)をするのが善を尽すことと思っていた。彼らは「金のある者」の部類に属するのだ。それで妻が辞職してボランティアになることについては「ボランティアが一人増えたが、献金が減ったことになる」と考えた。どんなに換算してもコストと利益の原則に合わないと思った。

「退職金はいくらあれば足りるのでしょう。人生は無常です。財富も無常です。今お金があっても、将来いつまでも持っていられるでしょうか」。一般の人が関心をもっている「金」の問題は、林蔚綺にはあまり気にならなかった。彼女は、人と人との間は「誠実」と「互助」が大切だと思っている。

人生で無常が訪れた時、一夜の中に全てを失うかもしれない。「それで私は最も安心できる『投資』とは、広く善縁を結び、善を尽すことだと悟ったのです」と語る。

身をもって
手本を示す

林蔚綺と柳宗言は「慈済国際人道援助会」(TIHAA)に加入した。地球温暖化に伴う全世界の糧食相場や各国に起きた災難の情況を把握し、慈済国際援助の後ろ盾にする。エネルギーの節約と二酸化炭素削減の宣伝活動に参加した後、自分たちの生活の中で二酸化炭素を作り出していないか気をつけるようになった。

夏の間はできるだけクーラーをつけず、風呂の水はためて別の用途に使う。できる限り歩くことにしてエレベーターを使わない。身をもって示す二人は人々を共鳴させている。

「以前は出勤する時、近くの高速道路を車で行けば二十分以内で会社に着きました。今はMRTに乘り、途中で下車してバスに乘り換えるので一時間はかかります」。柳宗言は会社の役員なので、ガソリン代の手当を受けているが、とくに急がない場合は絶対に自家用車を使わない。林蔚綺も自分の愛車を売り払った。

二人の間には子供がいないが、地球温暖化がもたらす生存の脅威について「私とは関係がない」とか「私たちの生きている間は出会わない」からと消極的態度で回避することはない。

「法師さまの教えである大愛をもって、天下の子供たちを我が子と思い、この思想で次世代にどのような世界を残すかの大きな責任があります」と柳宗言は心中を明かす。

「地球温暖化は人類の貪欲によるもので、経済発展につれて欲望が生じます。今のような経済型態を改善するには、まず人の心の持ち方から変えなければなりません」。林蔚綺は人生の幸福は決して金だけで決定されるものではないと思っている。生活条件の非常によい人でも必ずしも幸福であるとは限らない。以前、服がたくさんあるのに、いつも一着足りないと思っていたのと同じである。

「かつてデパートヘ出かけては高価な品物を買ったことは、時間と金銭の浪費でしたし、また、自分の心も乱れることを悟りました」と。毎年一度は出かけていた外国旅行にも今は熱中せず、節約した金や時間をもっと有意義なことに投入している。



サラリーのないボランティアの仕事を受けもっている柳宗言と林蔚綺二人の生活は忙しい。時間全てを公益の上に「投資」し、金銭の報酬がなくても大変楽しく、充実している。

近頃人々の関心事である理財や金融危機などの問題について、林蔚綺は、「投資をする時は理性を失ってはいけません。ひたすら高い利潤を追ってはいけません。高い利潤には高いリスクがつきものです。資金を使ってはいけないのと、損失してもかまわないものに分けて投資するのが、本当の理財です」と語る。

さらに彼女は、基本生活を維持するには、あまり金融の操作に心労を費やさない方がいいとも指摘する。時間や金銭をもっと多く善のために布施すれば、人生はもっと楽しいものとなる。

「自分の持っている時間を社会のために奉仕し、多くの人を助け、格差社会を均衡にさせましょう。ふり返ってみましょう。私たちにはまだ何か人のためにできることがあるでしょうかと」

この夫婦は贅沢三昧から倹約の精神に返り、自分たちを変えた。正に「観念を改めれば、幸福は遠くない」を身をもって体験したのだ。


慈済月刊五〇四期より
文・葉子豪/訳・重安/写真提供・林蔚綺