子供達が帰るのも忘れる夢の国

2010年 1月 01日 慈済基金会
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――静思書軒子供コーナー
世界で唯一の
静思書軒子供コーナーが台湾・高雄にある
読書の気風にあふれた店内は
コーヒーと文化の香りに加えて
もう一つ
幼い子供達の本を読む声と笑い声がする
毎日朝早く
店先で書軒が開くのを
首を長くして待っている子供達
開店と同時に
かけこんできて小さい椅子を探し
可愛い絵本を手にとり
絵本の中に広がる
「夢の国」に入っていく……

夕方五時頃、高雄静思書軒の屋外に設けられたテーブルは満席である。友達同志でおしゃべりをする人や商談をする営業マン、学校に子供を迎えに行った帰りのお母さん達が、コーヒーを飲みながらのんびりした時間を過ごしている。

この書軒では本だけでなく、コーヒーも売っている。また、世界中にある静思書軒で唯一子供コーナーを併設し、たくさんの児童向けの読み物をそろえている。子供コーナーの机や椅子は、子供の体の大きさに合わせた特別注文だ。体を動かすのが好きな活発な子供でも、ここに来ると思わず本の魅力に引きつけられてしまう。

毎朝八時半に書軒が開店する前に、もう大勢の子供達が表で待っている。だから書軒のスタッフは、いつも八時にならない内に戸を開けて、この子供達を入れ、本を読ませてあげる。

放課後の時間になると、さらに多くの親達が子供を連れて来てここで午後を過ごす。ある女性は、「孫は放課後いつもここの子供コーナーに寄ります。帰る時間を忘れるくらい本に熱中して、晩ご飯におくれるんですよ」と笑いながら言う。



読書は、元気いっぱいの子供を静かに坐らせる。そして、本の中には知識がたくさんつまっていて、子供達の成長に大切なものである。

「一人の子供がおばあさんの手を引いて書軒に来ました。そしてエコ食器を指さして、出かける時にはエコバッグとエコ食器を持って出かけましょう。地球のお母さんは病気になって熱を出しているのだから、と言いました」と、静思書軒南区副区長の鄭宜華さんが話してくれた。思わず頬のゆるむほほえましい話である。鄭宜華さんは、本を読む習慣は小さな時から養った方がよいと言う。そうすれば、一株の小さな木の苗を正しい方向にまっすぐに育てることができるからと言う。

今、世界中には三十九軒の静思書軒がある。その中で、百六十五坪の高雄静思書軒は一番大きい書軒である。 

「本当はどこの書軒もみな子供コーナーを設置したいと考えているのですが、場所に限りがあり思うようになりません」と鄭宜華さん。「高雄の静思書軒は敷地の広い静思堂の中にあるので、私達はそのおかげでこんなによいご縁に恵まれたのです」。

落ち着いて静かな静思堂は
知恵の香りがする

陳孟涵が初めて高雄静思書軒に来たのは、末の子の恩恩が生まれて四十日経った頃である。当時彼女は離婚したばかりで、一人で二人の子供を育てていかねばならない重圧におしつぶされそうになっていた。憂鬱で気の晴れない日々で、自殺することを考えていた。

「毎日のようにお腹にいるこの子に向かって、『ママの子供として生まれてこないでくれないかしら』と語りかけていました」と陳孟涵。妊娠中は出血したことが度々あった上に、不注意で転んで早産した。幸い子供は大変健康だった。

その頃、高雄静思堂が落成した。陳孟涵は叔母に誘われ、生まれて間もない恩恩を抱いて、歳末祝福祈祷会に参加した。読書が好きな彼女は、書軒の雰囲気に引きつけられ、近くにあった本を取って開いた。「本の中に書かれている一字一句が、前向きに生きる力を伝えていました。後になってその本は證厳上人のお言葉を集めた『静思語』だと知りました」。

静思書軒に陳列してある人を励ます力を持つたくさんの本は、彼女を読書の喜びの中に引きこんだ。そして慈済ボランティアや書軒の人達の関心やいつくしみは、次第に彼女の心に沁みこみ、生きる自信を取りもどし始めた。

いつも書軒に来ると、心の中の思いを聞いてくれる人もあり、子供の世話を手伝ってくれる人もあるので、まるで自分の家に帰ったように楽な気持ちになれる。

生まれた時から父の愛を知らない下の子は、ここに来て慰めを得ることができた。また、幼くして両親が離婚し、父親と別れ別れになり辛い思いをした上の子は、ここに来て人々の温かさにふれて再び笑顔を取りもどした。

小学校四年生の上の子は、人に対しても冷ややかで、何事をするにも消極的で心の中はすべてのことに対するうらみで一杯だった。

陳孟涵はボランティアにすすめられて、子供と一緒に書軒の催しに参加した。週に一回一時間のクラスでは、毎月一つの道徳教育のテーマを決めて学ぶ。慈済教師会の先生と大愛ママが歌を教えてくれたり物語を話してくれたりして、子供達にいろいろなことを習わせて親子の間の親しみを深める。

いつも授業が始まる前、上の子は期待にあふれた表情で待っている。それを見て、陳孟涵は感動で涙があふれそうになった。「いつも緊張しておどおどしていた目つきだったのが、好奇心にあふれ集中力のある輝いた目つきに変わりました。ここで本当の喜びとは何か見つけたのです。そして今は年齢にふさわしい明るい笑顔に満ちています」。

二年来、陳孟涵は書軒を励みに人生の一番辛い時期をやり過ごした。人情にあふれた書軒を、彼女は第二のわが家と思っている。どんなに仕事が忙しくても、毎週必ず一日は午後に時間を作り、皆に会うためここにやって来る。

人生の大蔵経であり
心霊の糧であり 

鄭宜華さんは、書軒はよい本やよい環境を人々に提供するだけでなく、精神修行の道場でもあると言う。

書軒では月に二回、無料で「精神講座」を開いている。慈済ボランティアや著名人が親子関係の話や人を励ます話など、自分自身の経験談を披露し、経験を分ちあっている。いつも満員で、前から予約をしなければ会場に入れないような状態である。

ある時、慈済ボランティアの洪武正と陳麗秀夫婦が、暴力と憎しみに満ちた関係からお互いに尊敬し合い愛し合うようになるまでの体験を語った。聴衆の中に、仲の悪い自分の親のことを思い、辛くなって泣き出した女性がいた。陳麗秀は彼女の境遇を知ると、母親のように彼女の背中を優しくなでて慰めた。この女性は後に、書軒に通ってくるようになった。ここは心の傷をいやすのに最高の場所だと思ったのだ。

「私達はここを自分の家の客間だと思っています」。こう語るのは、どんなに忙しくても毎月二回の「精神講座」に欠かさず参加している李柏熙と歐于菁夫婦だ。「講座を一回聞くのは本を一冊読むよりもずっと早い。知識を得られる上にまた受ける印象もずっと深いのです」と言う。彼らはその時の講演のテーマによって友達を選んで誘って来る。「今度のテーマは親子関係なので、子供が今反抗期で悩んでいる友達を連れて来ました」と歐于菁は言った。

得意なことを捧げ
善い縁を集める

書軒が開いた二年前の当時は、利用者の八割は慈済人だった。それが徐々に口コミで知れ渡り、現在の利用者の七割は一般の人が占めている。

鄭宜華は、「法師さまは、書軒が地域のリビングルームとなることを期待しておられます。だから私は常に、すべてのお客様を親切で真心込めた態度でもてなすようにとスタッフに言うのです。まるで家族や親しい友人を家に招待したように」と言う。

高雄静思書軒の規模は大きいが、スタッフは五人だけである。「ボランティアが手伝ってくださるので、本当に感謝しています。現在応援して下さるボランティアは百人ほどいます」と鄭宜華は言う。「福田のボランティア」が協力して屋外スペースの整理をしたり、キッチンの中でも訓練を受けたボランティアが香り高いおいしいコーヒーをいれている姿が見られる。

土曜日の午後、美しいピアノのメロディーに引きつけられて、大勢の人が入って来た。「音楽ボランティア」の卓玉芳は今年十九歳。自閉症であるが、生まれつき音楽の才能があり、音楽を通して彼女の世界は広くなった。

「一度聴いたメロディーはすぐに同じように弾けます。演奏するのが大好きで、初めて舞台に上がって演奏した時、弾き終ってもまだ下りて来ないので私が連れて下りたのでした」とお母さんの李燕綢は言った。

何年か前に李燕綢は娘を連れて花蓮にいる兄一家を訪ねた。慈済病院で医療ボランティアをしている兄嫁は、卓玉芳さんがピアノが上手なことを知って、病院の同意を得て彼女に病院のホールで演奏させることにした。

玉芳さんの見事な演奏はみなを驚かせた。李燕綢さんは、「あの時私は本当に嬉しかったです。娘は人とのつき合いはあまり得意ではありませんが、ピアノが弾けます。そして音楽を通じて人々とよい縁を結ぶことができるのです」と言った。

高雄に帰ってから母と娘は静思書軒に来て、続けて音楽を言葉の代りにして、人々とよい縁を結んでいる。李燕綢は書軒が玉芳に演奏の場とチャンスを与えてくれたことをとても感謝している。一方、鄭宜華も、玉芳が書軒に美しいピアノの音を響かせ、長い間誰も弾く人がなく塵が積もっていたピアノが再び動き始めたことに感謝している。

書軒の隅っこにおいてあるピアノは、ある慈済ボランティアが亡くなった後、子供達が買って書軒に贈った物である。母親が残した少しばかりの資産が音楽となって、大勢の人と縁を結ぶようにと願ってのことである。

ピアノが贈られて一年あまり、玉芳によってこのピアノは使われるようになったのだ。鄭宜華は笑いながら、「因縁とは不思議なものですね。いつかは一つまた一つとつながっていくのですね」と言った。



大学を卒業後、鄭宜華は、北部の静思書軒でボランティアをしていた。その店はホテルの中にあった。ある外国人客が出張で来て泊まっていたが、毎日ロビーへ下りてくる度に、書軒のスタッフからほがらかな挨拶を受け、一日中よい気分で過ごせたと、自筆で感謝の手紙を書いてくれた。

このことがあって鄭宜華は書軒の仕事を続ける決心をした。「ここで親切なサービスをすることを通して、人々に喜んでもらうことができます。そして、ここにある本はみんなよい読物ですから」。

静思書軒では静思人文(證厳上人や慈済に関する書籍を出版する)の出版物のほか、さまざまなジャンルの本を取り扱っている。これらの本は各出版社の推薦図書で、専門家や学者の審査を経てさらに何度もふるいにかけて厳選したものである。「親達が安心して子供達に選ばせ、読ませています」。

「書軒で開いて見るどの本の中の、どの一言一言もすべてよい話です」と鄭宜華は言う。書軒には読書の気風があふれ、そして仏道を修める雰囲気も感じられる。

高雄静思堂の建物はまるで広くたくましい二本の腕のように、この書軒に集まる人々をやさしく抱きしめているようだ。ここに来る人はみな、第二のわが家に帰ったように感じる。そして静かさや豊かな心を取りもどすことができる。


慈済月刊五一五期より
文・凃心怡/訳・張美芳/撮影・蕭耀華