子供に一生の贈り物をあげよう

2016年 2月 03日 慈済基金会
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幼稚園の小さな子供は、先にABCを学ばせるべきか、それとも自分のことを自分でできるように訓練するべきでしょうか。
家庭生活と学校教育のお手本を柔軟な子供の心の中に刻みこむことができれば、将来に対する心構えができ、子供にとって一生で最高の贈り物となります。

二〇一四年九月末、花蓮にある慈済大学附属中学校に付設してある幼稚園では、幼児たちに制服はボタンを一つずつきちんととめてから折りたたむこと、タオルや雑巾を洗った後は、水道の蛇口を閉め、しぼって干し竿に吊して乾かすことなどを教えている。そのほか、靴の履き方、脱ぎ方、扉の開け方、閉じ方などの技能競争を行って、学習の成果をチェックしていた。

五歳になる范庭婕と三歳の陳哲洋は同じクラスではないが、園では、わざと小さい二人を一組にし、年長の子に年少の子を引率させた。もともと世話好きで人を助けるのが好きな庭婕ちゃんにとってはこの役は適任で、愉快な役目である。「哲洋のお兄ちゃんは私と同じクラスなので、私たちは前からよく知っているのよ」と、大人びた庭婕ちゃんには、テストは難しくない。一緒にテストを受けている哲洋ちゃんは庭婕ちゃんにまとわりついて離れない。

お遊戯が終った後、庭婕ちゃんと哲洋ちゃんはそれぞれのクラスに戻った。クラスメートとお昼ご飯を食べた後、庭婕ちゃんと別の一人の女の子のクラスメートの二人だけで、自分たちの背丈より長いモップを持って廊下を掃除していた。彼女たちは自発的にしているのだと教師は説明する。

庭婕ちゃんの率先して仕事をする態度は、幼稚園で習っただけでなく、入学前から、お母さんの家庭教育と学園の気風が深く幼児の心中に刻まれていたのだ。

心温かい配慮、家庭教育から

「先生はいつも庭婕を『おせっかいちゃん』(良い意味での)と言いますが、これは私たち一家の遺伝かもしれません」とお母さんの謝佩豫は言う。謝佩豫は小さい頃から、慈済委員の母がいつも社会に奉仕しているのを見ていた。成人した後、自分も慈済に入り、同じく慈済ボランティアをしていた夫と結婚し、二人の間に庭婕ちゃんが生まれた。二人は同じ考えで、独立心旺盛で善を施す精神を養育した。

謝佩豫は娘を可愛がっても決して溺愛しなかった。庭婕がよちよち歩ける頃から、自分のおむつをゴミ箱に捨てに行かせた。一歳半の時はおばあさんに連れられて慈済の静思精舎の炊事場で野菜を分類し、きれいに洗っていた。三歳になった後、家の台所で母の炊事を見習った。時間が経つにつれ、簡単な料理を作れるようになった。ことにトイレの掃除が好きだ。実に勤勉で心温く、気配りのある子供であった。

「公徳としつけは最も重要だと思います。学校で知識を学ぶ前に、人格を学ぶべきです」。謝佩豫は常に「公徳」は「学識」に勝ると認識している。もし「公徳心」がなければ、一切は無駄であると語る。

この点については、慈済の幼稚園は社会の期待に合致している。始業後の数週間前は、幼児の生活知能の教育に重きを置いている。

園長の陳佩珠は、学園は一通りの「生活教育規範」を備え、教師や子供たちは規則を守っていると話す。こうして、子供たちは物事の判断力と自立精神を育むことができる。来賓はいつも生徒たちが素直でおとなしいと絶讃する。小学校の教師たちも、慈済幼稚園の卒園生は先生の教えをよく守り、学業達成の効率が高いと評する。

しかし、「素直でおとなしい」ということは、「融通のきかない石頭」と思われないだろうか? 陳佩珠はそう思わない。彼女は、慈済幼稚園は教育方針を生活の中に融合してテーマを設定し、子供たちが思孝し実行できるよう訓練していると感じている。表現の能力についても、三歳以上の子供は二歳以下の子のように泣きわめくことがなく、自分の意見を発表できる。また、父兄たちの意見も入れて、学校と家庭教育が充分に連携できるよう配慮している。

クラスに無口でどもりがあるため、クラスメートが近づかない女の子がいる。しかし庭婕ちゃんはこの子に話しかけたり、一緒に遊び、昼寝も一緒にする。先生はこのことを庭婕ちゃんの母に伝えた。

「庭婕には弟も妹もいないので、こういうことは見たことがありません」と、謝佩豫は娘の行動を聞いて喜んだ。「娘を慈済幼稚園に入れたのは、団体生活と人を助けることを学んでほしかったからです。先生のおっしゃることを実行できたら満足です」と笑って言う。

放任して試させ、経験を積み成長する

学校教育は家庭に帰ったら継続して実行しなければ、子供の心に根を張らない。この日の夜、母親はキッチンで晩ご飯の用意で忙しく、庭婕ちゃんは傍で手伝いをしていた。

庭婕ちゃんが小さな身体で一所懸命包丁で野菜を切って鍋で料理をしている姿は立派なコックさんだ。できあがった料理の香りに、大声で「素晴らしい、とてもいいにおい!」と叫んだ。

おばあさんは「コックさん」と庭婕ちゃんを呼ぶ。料理が全部できあがったので、一皿毎テーブルに運んで並べる。突然、彼女は、「わあ、大変なご馳走だ!」と叫び、おばあさんとお父さん、お母さんをテーブルにつくよう呼び、一人一人にご飯を盛ってあげる。一家は和気藹々と食卓を囲んだ。

家ではご飯を炊いたり、皿洗いをしたり、床の掃除や風呂場を洗ったりするのは当然だと庭婕ちゃんは思っていた。教師や母はいつも「よい子だけに掃除をさせる」と言っている。お母さんはこの原則を守って教育する。お父さんもはじめは小さい子供に家事の手伝いをさせたくなかった。包丁を使ったり皿やガラスが割れたりで、けがするのが心配だったのだ。しかし娘が料理に興味を示すので、放任してやらせたらうまくいった。「私は人には無限の潜在能力があると分かりました。本当に子供でも軽く見ることはできません」としみじみ語る。

庭婕ちゃんは料理や掃除が上手だったのだ。彼女にすれば箒や刷毛はおもちゃのようなもので、いつも楽しい心地でそれらを使って働く。初めて包丁を使った時、お母さんがどうやって使えばけがをしないか教えてくれたが、自己流で使ったのでけがをしてしまった。以来、得意になるのはよくないと思った。

「一度けがをすると次からは気をつけますから」と謝佩豫は言う。友人たちがどうして子供に危険な包丁を使わせるのかと聞くと、大人がそばで注意して見守ってあげれば安全だと答える。もしいつもけがをする心配をしていたら、「食物が喉につまるのを恐れて食べない」(誤りを恐れて仕事まで放棄する例え)のと同じで、永遠に学べないと思っている。

庭婕ちゃんはお母さんの経営している精進料理の食堂へ手伝いに行く。同じように皿洗いをするのだ。ある時、不注意で皿を割ってしまった。お母さんは別にとがめなかったが、ただ後片付けをして掃除をするように言いつけた。人生で」はいつか「挫折」や「困難」に出会う。しかし「克服」を知らなければならない。

ふだんのくらしの中で、両親はいつも娘に道徳観念を教え、また一緒に実践する。学校に行ったら、先生はクラスメートの一人一人に順番の当直表を作り、皆に食事のメニューを作る。皆は家に帰ったらメニュー通り料理を作って父母に食べさせる。

歯ブラシとタオルを使った後は、元の場所に置くか、吊して乾かす。子供たちは学校か家庭かにかかわらず、生活教育の数々を心の中に融け込ませているのである。

「三羽の黄蝶と一羽の黒蝶を合わせたら何羽になるの?」「二台の紫の車と二台の黒い車を合わせたら合計何台になるの?」。先生は算数の足し算を教えている。庭婕ちゃんは五、六人のクラスメートと長いテーブルで宿題を書いていた。父兄が迎えに来るのを待っているのだ。

「天真で活発、率先して仕事をし、礼儀をわきまえ、秩序正しく行動する」。これらは慈済幼稚園が目指す教育目標である。謝佩豫は、上人さまの教育目的は「才能」のみならず、「人格・品質」の向上ともに重視していると知っている。慈済は幼稚園から大学の博士課程、小から大までの「完全教育」を達成している。「教は礼儀で育は道徳で」。娘もいつの日か一粒の善の種として、大きく成長してくれるよう願っている。

訳・重安
慈済月刊五七九期より