慈済ボランティアは「人の傷は我の痛みなり、人の苦は我の悲しみなり」という精神を常に心に持ちながら、負傷者の多くが火傷の範囲が広く、混乱する故事現場の中、必要とされる消防や救急隊員のバックアップ役を務め、救助を待つ間の負傷者の驚愕茫然とする心を慰めながら付き添った。更に、暗い現場でも救護隊がスムーズに救護活動ができるよう、懐中電灯を照らした。救助現場に居合わせた誰もが思う、負傷者をいち速く救急車へ搬送できるよう力を合わせたリレーが繰り広げられた。
多数の負傷者の受け入れ先として多くの病院が必要とされた今回の事故、慈済のでは、台北慈済医院で十三名の重傷患者を受け入れた。その看護支援として、花蓮慈済医院のICUで火傷看護ケア経験を持つ看護師二名も急遽支援に駆けつけた。
慈済ボランティアによる支援許可が出された多くの医療現場に、次次とボランティアが動員され、負傷者らとその家族に、證嚴上人からのお見舞いが読み上げられ、更に見舞金として、重傷患者一人当たりに三万台湾ドル(約十二万円)、重傷でなくとも入院が必要な患者一人当たりに二万台湾ドル(約八万円)、軽傷で既に退院された方一人当たり五千台湾ドル(約二万円)の見舞金が支給された。
慈済本部である花蓮の静思精舎では、6月29日から7月1日連続三日間夜七時半から、精舎の修行僧によるお経《法華経第25品 観世音菩薩菩薩普門品(観音経)》が唱えられ、「八仙水上楽園粉塵爆発事故」の負傷者と家族に奉げ、台湾全土の慈済道場が精舎と同時中継を繋ぎ、大衆の願いを一斉に集い、共に社会の平安と吉祥、並びに負傷された方々が一日でも早く回復できるよう祈願をした。
事故現場の北部から離れ、負傷者の治療を引き継ぐ各地域では、新竹、台中、彰化、台南、高雄、花蓮などに、これまで北部の慈済ボランティアがケアした患者が引き継がれ、これら地域の慈済ボランティアにケアが引き継がれた。
医療ケアの他、バトンタッチされた地域の慈済ボランティアは負傷者の家庭訪問を始め、必要な援助状況をヒアリングし、必要とされる支援を展開しようとしている。その中、台中地区で慈済ボランティアがケアした一人の青年、劉さんは不幸にも息を引取られ、臨終の際も家族に付き添い最後まで見守った事例もある。
慈済基金会では、慈済ボランティアというのは「前線を走り、最後の最後まで付き添う」という精神の下、誠の情を以って、一人ひとりの負傷者の身体と心に温もりあるケアをする者であるとした。各ご家族に一刻の安堵と、負傷された方々の一日も早いご回復されることを心の底から願っている。人々の悲しみが祝福へと変わり、互いを励まし、助け合い、世の中の災難が無くなる事を祈願致しております。
慈済が7月6日迄に行った活動内容及び支援金額の報告は、以下の通りです。
一、慈済見舞金の支給:
7月6日までに、見舞金受給者は405名、亡くなった方への慰問金2名、生活補助1名、総額1082万台湾ドル(約4243万円※)の支給となった。
二、慈濟ボランティア派遣
慈濟ボランティア派遣は7月6日午後までに、延べ2811人。
日時
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地区
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動員人数 (人)
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小計 (人) |
06/27
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北区
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143
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143
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06/28
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台湾全土
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504
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504
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06/29
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台湾全土
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317
|
317
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06/30
|
台湾全土
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376
|
371
|
07/01
|
台湾全土
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260
|
260
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07/02
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台湾全土
|
224
|
224
|
07/03
|
台湾全土
|
311
|
311
|
07/04
|
台湾全土
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250
|
250
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07/05
|
台湾全土
|
201
|
201
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07/06
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北区 |
204
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225
|
中区
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18
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南区
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3
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文/慈済
訳/鄭文秀