慈済日本のサイト

12月14日
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慈済の志

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仏教慈済功徳会は仏陀の「無縁大慈、同体大悲」の心を引き継ぎ、印順上人の「仏教の為、衆生の為」の志を担って、済貧教富(貧しき者を助け、富める者を教化する)の志業に従事している。従って、私たちの理想は慈悲喜捨の心を以て、苦難を救う行に就き、喜びを与え、苦しみを取り除いて、清浄な慈済世界を創ることである。

私たちの方法は・・・事理融合の智慧を以て、天下の善男善女を集め、一緒に福田を耕すことである。一生懸命心に蓮のような清らかさを植え、共に愛の社会を創るのである。

私たちの仕事は・・・慈善、医療、教育、人文の四大単元を一つの炉に集めることである。精神は誠、正、信、実である。

私たちは・・・衆生は平等であり、全ての人に仏性が具わっていることを深く信じている。慈門から入りさえすれば、仏門の荘厳で美妙な殿堂を見ることができる。善門から入れば、富める者は施して幸せと楽しさを得、貧しき者は施しを受けて、救いと安心を得ることができる。人生は無常であり、生命は日ごとに短くなっていく。私たちはこの得がたい人生を大事にし、善なる因を造り、善なる果を得るのでなければ、深く宝の山に入って、何も得ずに帰ってくることになる。慈済委員は智慧で結ばれ、愛の心で支え合っている。善き縁の下に手を携えて、菩薩道を歩んでいる。

私たち委員は・・・「仏心を己の心とする」ことができるので、一つの目が千眼に等しい。「師の志を己の志とする」ことができるので、一つ手を動かせば、千の手が動き、救いを求める声を聞きつけては即時に解決にいく。観世音菩薩の千手千眼と同じである。

「一つの月は千の江水に遍く現れる、千の江水は一つの月を映す」

仏陀は慈眼で衆生を視、法雨を普く施すので、全ての山は美しくなる。なんと慈悲深いことだろうか。なんと智慧のあることだろうか。

すべての慈済委員は・・・正信、正念を以て慈済の善道を歩まなければならない。実践を通して、生老病死、成住空壊の真理を悟り、みんなの力で共に、 永久 ( とわ ) に慈済志業を創ろう。そして、共に世世代代に美しさと誇りを伝え、自分の為に人生のすばらしい思い出を残し、子孫が、私たちが今日していることを誇れるようにする。

前世の因を知りたければ、今生のありようを見ればいい;
   来世の果を知りたければ、今生のなしようを見ればいい」

人として生まれ難いのに、今はすでに人として生きているので、菩薩道の上で私たちは勇猛に精進しなければならない。そして、愛の心を私たちの社会に充満させ、私たちの社会に善を循環させなければならない。これこそ福慧共に修めた正信、正念の仏の弟子と言えよう。
 

" 【病のために貧しくなる】 貧困はほとんど「病」から起こる。時を移さずに病の予防や治療を施し、助けを受けた人たちが、再び立ち上がって家庭の責任を負うことができるようになれば、その家庭は元気を取り戻す。 "
静思語