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03月26日
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写真展「心でつながろう」

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「311東日本大地震写真展」
日本慈済ボランティアは数ヶ月前からの準備や連絡、そして間じかに迫ったこの一週間前の打ち合わせを経て、新宿と渋谷の交差点の一角で未曽有の大災難の写真展を実現することができ、記憶にしっかりと刻まれた「絆」をこの「311東日本大震災写真展」を借りて、その記憶を新たに呼び起させてくれました。

日本分会主催のこの「心でつながろう」写真展の主な目的は、地震が私たちに告げている反省、教訓を忘れないようにと呼びかけるのと同時に、無形の思いやりの心を有形のものに変えていく、助け合いの社会を創造していく事を導くためです。

写真展は四月十九日から二十一日までの三日間。会場は渋谷区の「全国労働組合会館」です。百坪近くの空間には数百枚の写真が展示され、それらは静かに生命の無常さと大地の緊急なる警告を語っておりました。そして慈済ボランティアがこの一年来東北で被災者に寄り添って、労わってきた姿がありました。

多くの来賓を迎えての開幕式

写真展前日午後三時から開幕式を行ないました。来場された数十名の来賓の中には、日本、台湾を代表する民間団体とメディアの方もお見えになりました。来賓の日本復興庁大臣 平野達男様、台湾駐日経済文化処 羅坤燦副代表、衆議院議員 中津川博郷様、玉置公良様、宮城県利府町町長、多賀城市副市長、六名からはお言葉を頂きました。

日本慈済ボランティアを代表し陳金發は挨拶の中で、「311地震発生から一時間以内に慈済の證嚴法師は、花蓮で救援指揮センターを立ち上げました。」と述べ、さらに続けて「世界三十九カ国の慈済メンバーは被災地のために募金を行ないました。地震後被災地に入り、物資の配給、総額五十三億円余りの金額の見舞い金の発給を行ない、“最前線を歩み、最後まで付き添う”という慈済ボランティアの在り方を実行しました。震災発生後速やかに動員して被災地へ救援に入り、一年後、再び当時の記憶が呼び起されます。」来賓の皆さまはこの言葉に深い印象を持たれたようでした。

現在日本復興大臣を担当されている平野達男先生は、まず台湾語で「ダゲ、チャーパーヴォェイ(みなさん、お食事すみましたか)?」と台湾でよく使われる気軽な挨拶の言葉で口を切り、最大の誠意を表されたのです。一言の台湾語が現場の緊張した雰囲気を和らげ、皆の距離を縮めたのでした。

大臣は続けて、慈済ボランテイアは当時、早く被災者の手助けがしたいと真剣に、そして熱心に言われましたので、大変びっくりしたのと同時に非常に感動致しました。私が岩手県へ巡回に行った時、今でも被災地の方から台湾から暖かい援助を頂き、とても感謝していることを耳にします、と言われました。

また会場の写真について大臣は、「感謝と『絆』に溢れている感じです」、「この写真展の多くは、当時の臨場感を伝えることができます」とおっしゃいました。

台北駐日経済文化代表処 羅坤燦副代表は挨拶で次のように述べられました。「311地震の後、台湾全国民は熱心にお金を寄付し、全力で日本を支援しようと、200億円余りを集めました。九十九パーセントは民間からです。その中で慈済の寄付は六十億余りありました。」彼は慈済メンバーへの敬意と感謝の意を現し、そして写真展の成功を祝福されました。

得体の知れない団体

東北地方からは宮城県多賀城市副市長と利府町町長のおふたかたが来賓としてご挨拶されました。利府町の鈴木勝雄町長は挨拶の中で、「私はずっと長い間、じかに御礼を申し上げる機会を待っておりました。」「慈済メンバーは町民がまだ水も電気もなく、すべてを失った時にやって来られ、みんなに大変な勇気と励ましを与えました。」と述べられました。

更に秘密のエピソードをお話下さいました。当時利府町の地方新聞に「得体の知れない団体が被災地で現金を配っている」という記事が載り、町民の注意を促しました。後になってからそれが見返りを求めない台湾佛教団体だと分かったのです。町長のこの「得体の知れない団体」のお話に、傍で聞いておられた平野大臣から笑みがこぼれました。

ご挨拶頂いた来賓とともに、駐日代表処新聞部部長の許国禎様、僑務部部長 趙雲華様、そして震災後被災者のために救援物資を求めて、夜行バスで東京まで来て慈済のことを知ろうとした前岩手県議員の三浦洋子様、宮城県で慈済の為に東奔西走し“繋ぎ”を撮って下さった地球環境蘇生化実践協会代表 河千田健郎様、財団法人交流協会総務部長 小松道彦様、中華航空東京支店福支店長 鄭玉麟様、日本佛国土会会長 岩佐澄隆様、立正佼成会新宿教会長 鈴木佐和子様、衆議院議員 高邑勉様、新宿区議会議員 志田雄一郎様らがご出席くださいました。

大愛の種子

慈済ボランティアが東北被災地へ入り、被災者を労り、寄り添ってきた大愛の「絆」は八千枚を超える写真に詳しく記録されています。今回の写真展はそれらから百枚近くのパネルが作られました。その中の一枚は二百八十枚の小さな写真でできた壁です。

写真展の期間中、たくさんの日本ボランティアが手伝いに来て下さいました。その中の一人が東北から来られた伊東信一さんです。展示されている写真の中の何枚かには彼の姿が写っています。

大愛の長い「絆」は東北から、東京、花蓮、と写真展によって一本の長い線を紡ぎ出しました。政府、民間を問わず、日本、台湾を問わず、被災地や東京を問わず、私たちは、これらの「心と心を繋ぐ」写真によって愛の力を集め続け、一粒一粒の砂を積み上げて城となるように、さらに各地へ広がってゆきます。


文/陳静慧
譯/陳美卿

 

" 誰かに足を引っ張られたとしても、感謝の思いを持つこと。引っ張る人がいなければ、そもそも足を鍛えることはできないから。 "
静思語