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10月17日
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ホーム ドキュメンタリー 東日本大地震援助活動 配付活動に女性運転手は喜んで奉仕していた

配付活動に女性運転手は喜んで奉仕していた

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東日本大震災慈済災害援助配付団は七月十六日に配付活動を行った。多くの被災者は心の痛みと悲しみを乗り越え、他の人の手助けになろうとしていた。会場では何人もの日本人が被災者でありながら、同じように心を尽くして奉仕していた。

難を逃れ、友人と共に人助けに参加した
マレーシアから来た柯さんは今日、ご主人と二人のボランティアを伴って山田町に手伝いに来た。

三月十一日の地震の時、彼女は丁度、マレーシアに帰国し、ご主人は実家がある千葉県に行っていて、二人とも災害に巻き込まれることはなかった。彼らが宮城県の家に帰った時、自分たちの家は無傷だったが、隣の家は崩れてしまっていた。柯さんは難を逃れたことを喜ぶと共に被災者を哀れみ、他の人たちと一緒にバザーを開いて、人々を支援した。

マレーシアにいる柯さんの兄と弟は皆、慈済ボランティアである。彼女は以前、東北に住んでいる関係から日本支部の活動に参加することができなかった。しかし、家では大愛テレビを見たり、ラジオで慈済のニュースを聞いていた。彼女は夫と第一回目の配付活動に参加した時、深く感動した。非常に有意義なことだと思い、今回は二人の日本人の友達を伴って手伝いに来た。

被災者に女性運転手は喜んで奉仕した
色白の日本女性である谷川さんは今年、三十五歳になる。彼女は東京新宿から岩手県まで四トントラックを運転して配付活動のために慈済の物資を送り届けた。早朝の六時に出発し、ホテルに着いたのは夜の十時だった。十六時間運転しても疲れを見せなかった。

彼女は普段、空港から会社まで国際貨物を運んでいる仕事をしている。今回、彼女が自主的に大型トラックの遠距離運転を申し出たのは、前回の配付活動に同僚が運転手の仕事をしたことに始まっている。同僚は帰ってからその様子を話し、彼女は深く感動したのだ。

出発の前夜、彼女は自分の車のキーが見つからず、夜中に一時間かけて自転車で会社に行き、そこから大型トラックを運転して慈済支部にやってきた。彼女は団体の出発の時間に間に合って喜んでいた。そして、配付活動の会場では、彼女は自らボランティアのベストを着て被災者に奉仕していた。彼女は心から喜んでいたが、被災者たちも言葉の壁がなく、意志の疎通ができてとても喜んでいた。


礼儀正しくて、きれい好きで、誠実な国民
今回の活動を通して、ボランティアたちは日本特有の文化と民族性に触れた。

先ず、礼儀正しいこと。列を作って並んでいる時に年配者や行動が不自由な人がいると、ボランティアは親切に彼らを優先させる。しかし、年配者は皆、列に割り込むのを申し訳なく思い、「他の人は私よりも一時間も早く来ているから、私の方が早く受け取ることはできません」と言った。更に「私のために皆さんにご迷惑をかけて、申し訳ありません」とも言った。

次に清潔さである。国際援助の配付活動に参加したことがあるボランティアなら誰でも、活動が終わった後、会場にごみがいっぱい落ちているのを見ている。そして、ボランティアは子供や被災者たちと一緒に掃除したり、ごみのリサイクルをする。しかし、その日、活動が終わった後、ごみはなく、お手洗いまでもがほとんど汚れていなかったのだ。

そして、誠実さ。名簿に載っている各家庭の人数は二月二十八日現在のもので、今は被災して人数が減っている場合もある。慈済は許容範囲を広くし、被災者に亡くなった家族の人数を問いただすことはしない。ある男性は、名簿上には四人と書いてあって、七万円を支給されるはずだったが、どうしても一人分の見舞金しか受け取ろうとはしなかった。というのも、他の三人は、住所は同じ所になっていたが、実際は同居していなかったからだ。

ボランティアたちは相談した結果、その人の意志を尊重して、三万円を支給することにした。それも彼の誠実さに対する尊重であった。「重複してはならないが、漏れてはいけません」。そして、「漏れるよりも余分に支給する方が良いのです」と證厳法師様は言っていた。配付活動の中で、ボランティアは日本の人々の誠実さを目の当たりにしたが、ボランティアの智慧の見せ所でもあった。十六日、山田町では計一三二六戸に配付を行った。

文・林美雲、陳秀玲
訳・済運
 

" 不殺生はすなわち仁であり、仁とは愛である。万法すべて愛の心より生じ、すべての善行は愛を離れることはない。仁愛の心があれば殺生するに忍びなく、さらに積極的に一切衆生を守ることができる。 "
静思語